
終わりのあとで。
漆黒の闇の向こうにぼんやりとした何かが見える。
あれは・・・・光?
その光はだんだんと強くなってくる。
体はふわふわとどこかを漂っている感じがする。まるで海の中にいるみたいに。
眩しい・・・光が、強い・・・。
「・・・っ」
ぱっと目を開けて最初に飛び込んできたのは。
「よぉ」
いつもみたいに、どこか締まりのない顔で笑う、彼だった。
After the End
written by sonora
「・・かじ、くん?」
「何呆けた顔してるんだ?」
俺以外の誰だっていうんだ、と彼は続けた。
しゃがみこんで私を見ている彼は、記憶の中の彼とほとんど変わらない。よれよれのシャツも、緩くしめた赤いネクタイも、無精ひげも軽くしばっただけの髪も。
まさか、もう1度会えるなんて思ってもみなかった。
加持リョウジ。私が愛してしまった男。
ともかく起き上がろう、そう思って床に手をつこうとしたけれど、肝心の床の感覚がない。無重力状態のような、奇妙な感覚だ。
「床なんてないぞ」
「えっ」
「何ていうんだろうな、ここは。あの世とこの世の狭間、か?」
「私、死んだの?」
そう呟いてみたものの、冷静に考えれば答えはすぐに出た。
わき腹を銃で撃たれ、その痛みに耐えながらシンジくんを送りだし、床に倒れた。自分のお腹の辺りから生暖かい液体が流れ出ていくのを感じた。撃たれた場所はほぼ致命傷だった。あの血の量からして、奇跡でも起きなければ生き残れるはずがない。
まだ判然としない頭でそう考えていると、彼が小さく笑った。
「分かったか?」
「えぇ、まぁね」
体勢を変えようと試行錯誤した結果、ようやく彼と向き合うことができた。
目が覚める直前に明るいと感じた世界はその実、グレー一色で覆われた広い広い空間だった。周りには何もない。しんと静まりかえっているけれど、イヤな感じはしない。
私たち2人だけの世界・・・・か。
「で、何してるのよ」
「さぁ、何だろうな」
彼はそう言って、タバコを咥えて火をつけた。
死んだ奴がタバコを吸っている眺めは、とてもおかしいものに映る。
「まさかここで葛城に会うなんて思ってもみなかったな」
「私だって、こんなとこであんたと会うなんて思ってなかったわよ」
「・・・ま、そうだろうな。俺は先にこっちに来ちまったから」
「やっぱり、加持くんも死んだの」
「あぁ、あの時は迷惑かけてすまなかった」
「バカ。もう関係ないわよ」
死んだ後の世界なんだから。
軽く呟いたつもりの言葉は、思っていたよりも重く響いた。
加持くんは死んでいた。その事実はきちんと受け止めたつもりだった。でも私は心のどこかで彼が生きていることを期待していた。
昔から心配させるようなことばかりしていた男だ。今度もきっとただの杞憂に終わる。きっと何年か経ってほとぼりが冷めたら帰ってくる。
最後までそんな小さな小さな奇跡を信じていた、私の方がきっとバカなのだと今は思う。
「・・・・ミサト」
「名前で呼ぶなって、言ったでしょう? 嫌なのよ、なんだかあんたの持ち物みたいで」
「学生のときも似たようなこと言ってたな。俺のこともずっと『加持くん』で通してたし」
「何よ、リョウジ、って呼べっていいたいの? 嫌よ、今更恥ずかしくてできないわ」
彼は、そうか、と寂しげに微笑んだ。
けれど、私の本音は違う。
加持くんに父親を重ねてみている、そう気づいて別れを切り出した時と理由は同じ。
ただ、怖かった。
名前で呼ばれると、彼との距離が一層近くなる気がした。距離を縮めて幸福の中に体をゆだねてしまう方が心地いいことは分かっていた。でも、彼が私の傍から離れていったときのことを考えると、安心して全てを彼に預けることなんて出来なかった。だから距離を置いた。あと1歩を踏み出す勇気が、私にはなかった。
あらゆる可能性の中で、現実に起こる確率が低い予想を立てては怖がる。いつの頃からか私はそんな人間になっていた。
「まぁ、それでもいいさ。とにかく、俺は約束は果たす男だ」
「約束?」
「あの留守電、聞かなかったのか?」
「・・・あぁ、あれね。聞いたわよ」
『葛城、俺だ。多分この話を聞いているときは、君に多大な迷惑をかけた後だと思う・・・すまない。りっちゃんにもすまないと謝っといてくれ』
そらんじることができるくらい、何度も何度も繰り返したあの伝言。
加持くんらしい。泣きすぎてぼんやりした頭でそんなことを思った。
『あと、迷惑ついでに、俺の育てていた花がある。俺の代わりに水をやってくれると嬉しい。場所はシンジくんが知ってる・・・。葛城・・・・真実は君と共にある。迷わず進んでくれ』
あの花の場所は、シンジくんに訊くことなく、自分で見つけることができた。
ただ、見つけるのが少し遅かったのだろう、花がほとんど枯れてしまった後だった。
『もし、もう1度会えることがあったら、8年前に言えなかった言葉を言うよ・・・・じゃあ』
加持くんはあの時、もう2度と会えないことを分かって、あんなことを言ったのだろう。
8年前に言えなかった言葉、なんてカッコつけたような台詞を。
手にしていたタバコをどこかへ放ったあと、唐突に彼は言った。
「愛してるよ、葛城」
「・・えっ」
「8年前、まだ俺がガキのときに言えなかった言葉さ」
腕を組んで、悠然と微笑む彼。
どうしてこんなにも視界が滲んでいるんだろう・・・そう思い、目を拭った次の瞬間、私は彼の腕の中にいた。
「泣くなよ」
「・・泣いて、ないわよ」
「幽霊でも泣けるんだな、初めて知ったよ」
「私だって、幽霊でも抱きしめられるんだって、初めて知ったわ」
「こんな形ですまなかったな」
「ホントにバカよ・・・・でも、聞けただけで、嬉しいわ」
「そうか」
体に回された手に力がこもる。
幽霊のくせに、加持くんの体はとても暖かく感じた。
陳腐で月並みな表現だけれど、私は今とてもとても幸せだと思う。
首を動かして彼の顔を見上げると、8年前と同じような温かい目が私に注がれていることに気づいた。
「どうした?」
「ん・・・・別に」
「・・・分かった分かった、素直じゃないなホント」
何よそれ、という反論は彼の唇に吸い込まれて、結果として声にはならなかった。
当たり前のようでいて、久しぶりの感覚がする、不思議なキスだった。
唇がそっと離れたあと、彼はもう1度私をしっかりと抱きしめ、そして耳元で囁いた。
「還したくないな」
「還す? どこに?」
「ここはこの世とあの世を繋ぐパイプみたいなもんだ。俺はここより先にはいけないが、お前はまだ現実の世界に戻れる・・・いや、戻らなきゃならない」
「どうしてよ」
「そう決まってるからな」
「理由になってないわよ」
「俺からはこれ以上何も言えない。ただ、俺たちはここでお別れだ」
「そんな・・・っ」
見上げた彼の顔は、今までに見たことのないくらい、哀しみで歪んでいた。
「ミサト」
「何よ」
「俺のことなんて忘れてくれてもいい。だから、幸せになってくれ」
「・・・加持くんの隣にいられない幸せなんて、いらない」
「我が儘言うなよ」
「私たち、何度離れれば一緒になれるの?」
「さぁな・・・俺にも分からん」
すぅっと、後ろから強い力で引っ張られる感覚が襲ってきた。それはだんだんと、でも着実に私と加持くんを引き離していく。
「加持くん!」
「元気でな、ミサト」
無理に笑っているような笑顔のまま、加持くんは手を上げた。私の体はどんどんと彼から引き離されていく。
「か・・・リョウジ!!」
最後に渾身の力で叫んだ声が彼に届いたかどうか分からない。零れる涙を拭えないまま、私は後ろへ後ろへと引っ張られていく。
周りの世界はグレーから白へと移りかわり、そこで唐突にぷつっと途切れた。
「・・・・っ」
白い何かと目が合った。目が光に慣れてくると、それが真っ白な天井であることが分かった。それと同時に、消毒液のつんとしたにおいが鼻を襲う。
「・・・・・・」
病院か。そう呟いたけれど、かすれた音が漏れただけで完全な声にはならなかった。
私、生きてたんだ。
加持くん流に言うならば『還ってきた』ということだろう。
何の気なしに、不思議と全く痛みのない、撃たれたわき腹辺りをさすってみた私は静かに驚いた。
そこにあるはずの傷がない。ガーゼなり包帯なりで手当てされたような跡もない。
私はそもそも撃たれてなどいなかった? だとしたら、加持くんと会えたあの世界は何?
今は何月何日? ネルフは? シンジくんやアスカやレイは? 戦自は? リツコたちは?
考えれば考えるほど分からないことが出てくる。そんな私に分かることは1つだけだ。
この世界に、加持くんはいない。
「・・・うっ・・・ぐ」
零れ落ちた涙が、頬を伝って流れていく。
加持くん。
私はどうしたらいいの? 私は何をしなきゃいけないの?
ねぇ、加持くん・・・どうして傍にいられないの?
どうしたらいいのか検討もつかない。
この世界は一体どうなってしまったのかも分からない。
私1人の手で何が出来るのかも分からない。
分からないことだらけで、考えるだけで疲れてしまった。
涙が止まったころ、唐突に思い出した。
「加持くんに・・・私も愛してるって、言えなかった・・・・」
今度は、本当に2度と彼と会うことはないだろう。
それでも弱い私は、小さな小さな可能性を信じてみたくなる。
次に会えたときに、言えなかったその言葉を言おう。
きっともう起こり得ない奇跡が起きることを信じて、私はそっと目を閉じた。
まぁ、たまにはこういうのも書いてみたくなりますよね。公式カップルだし。
全く関係ないですけど、BGMはLinkin Park 『Numb』でした。
モドル