友達、だから。 「だからやっぱり」



嬉々としてしゃべるアスカの隣で、僕はうつむきながらアスカの話を聞いていた。

いつの間にか、僕はアスカのすぐ横を歩くことができるようになった。

それはアスカが僕に合わせてくれてるのか、僕が無理に並んでいるのかは分からないけど。

でも、今までは背中を見ていただけなのに、こうしてアスカの横顔を見られるようになった。それはとても嬉しい。

だけど、やっぱりどこかで心の沈んでいる僕がいるのも事実だった。



「でね! って聞いてる?」



「聞いてるよ」



多少イラつきながら僕はそう答えた。

アスカはそれを簡単に受け流して僕に言う。

無邪気に、でもきっとどこかで計算されたような声で。



「そんな言い方しないでよね。アタシたち、友達じゃない」



友達。

その言葉を聞くと、心の奥がちくちくと痛む。

もっと激しく痛めば、逆に無視できるくらい小さな痛みだったら、僕は何か違うことができたかもしれない。

でも、そのどっちでもないから、僕はこう思うしかない。

友達なんて言葉、大嫌いだ。





それはとても晴れた日で。
He hates word "Friend"
written by sonora





僕たちは今、成り行きで一緒に暮らしてる。でもそうだとしても、僕らは本当の家族にはなれない。

そこで、僕らの関係を表すために選ばれたのが「友達」という言葉。

「同居人」とか「同級生」とか「戦友」とか、そういう言葉だって候補ではあったんだけど。



「アタシたち、友達でしょ?」



どうやらアスカのお気に入りは「友達」という言葉みたいだ。

アスカがその言葉を好んで使うようになってから、僕はアスカの隣を歩けるようになった。それまでみたいに、アスカの後ろを情けなくついていく僕、という構図は消えた。

アスカの、隣。決して離れないけど、それ以上近づくことができない微妙な距離。

もどかしくて、どうしようもなくて、ときどき泣きたくなる。

ゆったりと下校しながら、僕はアスカに言った。



「いつだっけ?」



「何が?」



「アスカと加持さんのデート」



今週の土曜日つまり明々後日だってさっき言ったじゃないのもう忘れたのこのバカシンジ。

アスカが怒って早口で言ったその言葉も、頭をすり抜けそうになって慌てて引き止める。

アスカが強引に加持さんを誘ったのか、加持さんの気まぐれかは分からないけど、とにかく土曜日に2人でどこかに出かけるらしい。

そして今、アスカはその日のプランを逐一僕に言って聞かせてくれてる。



「友達でしょ? もちろん聞いてくれるわよね?」



その一言で、何もできない僕を縛って。



「楽しいと、いいね」



悔し紛れに、僕はそう言った。

無意識に、アスカのいない側の手をぎゅっと握り締めて。



「何言ってんの? 楽しいに決まってんじゃない!」



アスカは、わざわざ僕と目を合わせてふわりと笑った。

アスカは残酷だ。

そっと目を逸らしてそう思った。







「ちょっと付き合ってよ」



金曜日の夜、夕食が済んでしばらくのんびりしていた僕に、アスカはそう言った。

『許可なく立ち入りを禁ず。勝手に入ったら殺すわよ! Eintritt Verborten!

わざわざそんなプレートをかけた彼女の部屋に招き入れられて、すぐに見せられたのは2着のワンピースだった。



「こっちもいいけど、やっぱりこれも捨てがたいし」



どうやら、明日着ていく服が決められないらしい。

即決即断のアスカには珍しいことだった。そして僕を洋服選びに付き合わせるのはもっと珍しい。

それだけ、明日に賭けてるってことなんだろうな。そう思ったら、またあの痛みが僕の心を襲った。



「シンジはどっちがいいと思う?」



その言葉で我に返って、痛みを無視するために僕は目の前に広げられたワンピースをじっと睨んだ。

初めて出会った時のレモンイエロー。

そして、僕が初めて見るスカイブルー。

どっちだってそんなに変わらないじゃないか、 その言葉を飲み込んで僕は答えた。



「加持さんが見たことのない方にすれば?」



「どっちも加持さんは見たことあるのよね」



何気ない調子で言われた言葉。

別にたいしたことない一言だったけど、それだけで僕に言葉にできないような衝撃を与えた。

僕が知らないことを加持さんが知っている、という事実。

よく考えれば当たり前のことだ。加持さんは僕がアスカと一緒にいる時間の何倍も、アスカと一緒にいたんだから。

でもやっぱり落ち着かなかった。

やきもちっていうのは、きっとこういう感情を言うんだろう。

何も知らない友達の僕と、僕よりもずっとずっと親しい加持さん。比べるだけやぼってことくらい分かってるけど。



「で、アンタはどっちがいいと思う?」



「え・・ああ・・」



「何よ、はっきり言ってよね」



言ったところで、参考にもしないくせに。

アスカは何を着たって自分の雰囲気にしちゃうじゃないか。

なんてことない言葉で僕を縛って、 自分のいいようにするじゃないか。

服にしたって、言葉にしたって、アスカはどこまでいってもアスカなんだからどうなっても同じじゃないか。

まとまらない沸騰しかけた頭で、そんなことを考えた。



「アスカは、何着たって似合うと思うよ」



半ばやけくそになってそう言ってみた。

「それもそうよね」とか「あら、バカシンジのわりにはいいこと言うわねー」とか、そういういつものアスカの返事が聞こえるんだと思っていたら。



「・・・アリガト」



ほんの少しだけ、白い頬をピンク色に染めて、小さな声でアスカは言った。







次の日、つまり土曜日の朝は、とてもとても気持ちよく晴れていた。僕の心とは裏腹に。



「8時に起こしてね! ゼッタイよ!」



昨日の夜、アスカに念を押された僕は、さっき作ったアイスココアをリビングで飲みながら、時計の針が7時58分を指すのを黙って見ていた。

そろそろ起こさないといけない。

でも起こしたくない。

もし起こしたら、アスカは加持さんと出かけてしまう。

そして帰ってきたら、今日はどこで何をして、何を食べて何を話して・・・と一日の報告を延々と聞かなきゃいけないんだろう。

薄っぺらな形だけの笑顔で、友達という言葉で縛られながら。



「おはよ」



予想もしなかった声に、僕は文字通り飛び上がった。



「何よ、幽霊でも見たみたいな顔して」



「ア、アスカ」



いつもどおりのアスカの顔を確認した後、ぐりんと首を回して時計を見る。

かちっと長い針が動いて、時計は8時4分を指した。



「あ、あの・・ゴメン。 ちょっとぼーっとして・・だから」



すぐに言い訳を始める僕。

ずるい奴だと自分でも思った。

このまま起こさないでいたら・・・なんてひどいこと考えてたのに。

アスカはさっきの表情のまま、僕に言った。



「アタシが起きてこなかったら、シンジはどうした?」



「・・・え?」



「きっとアタシを起こしてくれたんでしょうね。アンタとアタシは友達だから」



質問の意図がつかめなくて、何も言えない僕。

アスカは、カーテンを開けた窓の先を眩しそうに見て、それから言った。

怒るでもなく、バカにするでもなく、ただ静かに。



「何で8時ぴったりに起こしてくれなかったの?」



「だっ、だからその・・ぼーっとしてたから・・・」



慌てて僕はそう答えた。

確かにぼーっとしてたのは事実。でも、起こしたくないと思っていたのも本当のことだ。

僕は、友達のままでいたくないから。

友達なんて言葉、大嫌いだから。



「ふーん?」



怒るのかと思ったけど、アスカは何故だか機嫌がいい。

朝の太陽の光を浴びている、オレンジを溶かし込んだ金髪を揺らして、小首をかしげてにっこりと笑顔で、言った。



「今日は買い物に行くわよ、バカシンジ」



「え? だって加持さんと」



「そっちはパス」



「パス?」



「行きたくなくなったんだもの、仕方ないじゃない」



「それはちょっとひどいんじゃ・・・」



「アンタが悪いのよ。8時ぴったりに起こしてくれないから」



ぐいっと顔を近づけて、腰に手をやるいつものポーズでアスカは言った。

少しだけ怒ったようなふりをして、でも青い目はいたずらっぽく笑っていた。僕がどうしたって逆らえない表情だ。



「そ、そんなぁ」



何が「そんなぁ」なのか自分でも良く分からないけど、でもそう言うしかなかった。

そういってても、顔がほころびかけてるのが自分でも分かるから、きっと困ってるようには見えないだろうけど。

アスカは満足そうに笑って、



「いいじゃないの、買い物くらい。友達でしょ?」



優しく、言った。

今まで嫌いだった友達という言葉。

でも、そんな風に言ってくれるんだったら少しだけ好きになれそうだと思った。



「分かったよ・・・でも加持さんにはちゃんと連絡してからだよ?」



でも、まだ、やっぱり、友達の枠から抜け出したいと思ってる僕もいる。

それがいつになるか・・・もしかしたらずっとそんな時が来ないかもしれないけど。



「分かってるわよ、バカシンジ!」



この声を独り占めできる友達なら、それほど悪くないかもしれない。



「じゃあ、朝ご飯にしようか」



そう言いながら、僕もつられて笑った。







モドル