「ねぇアスカ。これならどう?」

 端末に集中していたシンジから突然かけられた声に、寝そべりながら雑誌を読んでいたアスカが立ち上がりシンジの脇から覗き込む。

「どう?」

 新古品。その一言に目が留まったアスカは、即座に顔を歪めシンジにその鋭い視線を向ける。

「アンタねぇ…人の使ってたものよっ!? 気持ち悪いじゃないっ!」

「違うよっ!使われてないってっ!ほらっ!」

 未使用品。
 そこの文字を強調するようにシンジは指差す。

「なによ? 未使用なのに、古いって…」

「新しくて、誰も使ってなくても、人手に渡ると新品じゃないから、新古品っていうんだよ。」

 その説明に、いまいち納得ができないアスカは、横目で疑わしげな顔をする。

「買ったはいいけど、事情があって…持ち帰れなかったとか、使わなくなっちゃったとか、そういう人それぞれ色んな事情があるんだろうけど…」

「…たとえば?」

「…ん〜そうだなぁ…」

 名探偵よろしく、腕を組み顎に手を当てて、暫く目を閉じる。
 閃いたとばかりに、目を開けアスカの方に向きなおる。

「たとえばさ、加持さんとミサトさんが…」












オークションは匿名で…

書イタ人:しふぉん













 

「やっと帰ってきたわね…」

「あぁ…」

 死んでいた人さえも生き返らせた、サードインパクト。
 逆に帰らぬ人も一部にはいた。
 だが、葛城ミサトにとって、あれがあったからこそ…最愛の人物ともう一度会うことができたのだ。
 加持リョウジ。
 三重スパイの末、機密情報を漏らし続けた男は、粛清の名の下に闇に葬り去られた筈であった。
 生きているなら、もう一度会いたい…そう願うミサトの願いに応えるように、男は再び生を受けたのだ。
 そして、遺された言葉どおり、ミサトは人生最高の祝福を受けたのが1週間前。
 これからの人生は、バラ色に輝くものになる筈だったのだが…

「このまま役所に向かうけど、文句ないわね?」

「そっちこそ、後悔するなよ?」

「だっれがっ!!! あんたみたいな浮気者とっ!」

 殺意さえ感じられる程の視線を交わしながら、語る二人をバラ色の背景は見えるわけもない。
 二人がいるのは、第三東京市の表玄関『第三国際空港』。
 その世界への玄関たる、国際線発着ロビーでの一幕である。
 5日前に旅立つときには、幸せいっぱいの空気を嫌と言うほど撒き散らしていた二人であったはずなのだが…
 事の起こりは、2日前に遡る。
 二人の思い出の地であるドイツを選んだのは、ミサトの隠れた少女嗜好の表れかもしれない。
 旅立ったとき同様の甘い空気を撒き散らしながら歩く新婚カップル。
 加持にしても、いつもの凛々しい雰囲気とは違い、少女の様にはしゃぐミサトを見るのは嬉しい。
 この三日間に嫌と言うほど見せ付けられているにもかかわらずだ。
 歳に似合わぬ、ミサトの行動すべてを可愛いの一言で片付けてしまうのだから、色眼鏡も甚だしい。
 まぁ、世に言うベタ甘新婚カップルというわけでだったのだ。
 ドイツにきてすぐに、Nervの支部長に挨拶は済ませてあるものの、いまだ関係各部署に挨拶をしていなかった二人。
 加持・ミサト、両者にとって一時期は世話になった上司もいるのであるから、しないわけにもいかないので、4日目の空いた時間を利用して挨拶回りをすることにした。
 ミサトが関連する作戦部。そして、二人が研修時代に世話になった保安部。
 噂として既に二人の結婚は支部内に伝えられていたこともあり、訪れる先で大きな歓迎を受けていたのだが…
 諜報部を訪れた時、一人の男が加持に耳打ちをする。
 それを聞き終えると、ポーカーフェイスさながらに笑顔のまま男に感謝を伝える。
 だが、ミサトにはこういう時にだけ発動する女の勘があるのだ。
 違和感に支配されながらも、愛しい主人が言わないのならば…
 そう、決めて静かに見守ることを決めたその時。

「リョウジっ! 私との6年前の約束はどうなったのよっ!」

 一人の若い女性が入り口から、叫んだ。
 自動拳銃を両手で構えるその姿は訓練された者がとる構え。
 劇鉄は起こされ、その狙いも寸分たがわず加持の眉間へと伸びている。

「やめるんだ! サビアロフ中尉っ!」

 その後の展開は…お約束どおりである。
 泣き叫びながら、加持が女性に語った愛の言葉が、並び並べて小一時間。
 さらに、別の女性が…


 事態が収束したのは、発生から6時間後という長時間。
 ミサトにしてみれば、自分以外にこれほどの甘い言葉を吐いていたのかと思うと、熱が急激に冷めてくる。
 そして、ミサトにとって一番気に入らなかったことは…
 死の間際にした電話が自分だけではなく、そこに集まったすべての女性たちに向けられていたこと。
 8年前と言う台詞だけが違っている以外は、全く同じ。
 心の中に別の熱が湧き上がっていたとしても、不思議はない。
 ホテルに疲れて戻った加持に猛烈な勢いで言及するのだが、加持もその疲れから返答が投げやりになり…
 そして…

「あんたなんかと結婚したのは、人生最大の恥よっ!」

「俺も葛城を選んだのは、間違いだったよっ!」

「…葛城、そう呼ぶのね…やっぱり加持君にとって私は、都合の良い女って事なのね」

 という経緯で、帰りの飛行機さえ二人は離れて過ごし…
 今に至るのだ。


「タクシー、加持君は別のを自分で拾ってきてね。 私はこれで先に役所に向かうから」

 荷物をトランクに詰め込むと、一人さっさと乗り込むミサト。
 舌打ち一つすらもったいないと言わんばかりに、さっさとその場を去り別のタクシーに乗り込む加持。
 役所に着けばついたで、さらに揉めるのだが…
 それも収まると、書類をさっさと提出する二人。
 取り扱った役人曰く…『喧嘩しながら出しにくる人はたまにいるけど…怒鳴りあいながら来た人はあの二人くらいだよ』だったそうである。
 本来ならば空港からそのまま、新居に向かう予定であったのだが…
 二人が向かう先は、まだ解約手続きの終了してないそれぞれの自宅。

「新居の道具の整理、加持君がやっておいてね。それじゃ、さよなら」

「あぁ、じゃあな」

 二人の人生はここから交差することなく…



















「って、感じで離婚しちゃった人のじゃないのかな?」

 アスカはシンジの想像話のリアルさに、笑うに笑えない。
 ありえない話ではない、例え話の登場人物なら…と思うのだが、一時期熱中した相手を出されると、納得できない部分もある。
 少し険悪さをこめた視線で、シンジを睨むのだが、シンジは思い当たる節もないだけに、キョトンとするだけ。

「アンタ…加持さんをそういう目で見てたんだ…」

「えっ!? 有名だよ? 加持さんが本部で手を出した女の人の数は10人以上いるって、加持さん本…」

 シンジが語った事実に、今度はアスカが呆ける。
 大きく目を開いて、知らなかったとばかりにビックリする。  その姿を見たシンジは今更に口が滑ってしまったことに気づき、俯いてしまう。

「知らなかったんだ、アスカ… ゴメン、思い出を壊しちゃって…」

 すまなさそうに俯き謝るシンジの姿に、アスカは驚きの顔を戻し、首を何度も横に振る。

「いいのよ、だってそれがホントの事なんでしょ? だったら気にしないわよ」

 アスカの許しを得たシンジが顔を上げると、そこにはシンジを気遣う優しい笑顔。
 お互いが相手を気遣ったが故の…
 二人の視線が絡み合い…
 と、なる筈だったのだが。

「酷い言われようだな…」

「シンちゃんの言うとおりよ、加持君の女性関係だけは信用できないもの」

 突然の声に振り向けば、ミサトと加持の姿がそこに。
 頬を人差し指でポリポリと掻く姿は、言い訳に困る男の姿そのもの。
 かたや腕を組み険悪な視線を流し目で送り続けるミサトの背後には怪しい影もちらほら。

「あら?前みたいに『加持さぁん♪』って抱きつかないのね」

「うっ…」

「信用を失ったみたいね。 まぁ、入籍までには…わかってるわね?」

 凶悪な視線にカクカクと首を縦に振る姿に、かつて兄・初恋の人と慕われた姿はない。
 加持さんも…女性は彼方の…とか、偉そうに言ってた割には…
 と、シンジが思えば…
 加持さんは変わっちゃったのね。大人だと思ってたのに…
 シンジはアタシのこと…裏切らないわよね?
 急に振り向いてきたアスカの顔には不安の色。
 シンジはそれに答えるかのごとく、微笑みアスカの目を見つめる。
 大丈夫だよ…僕はアスカのそばにずっといるから…
 シンジの心が乗せられた視線に、アスカは安らぎを見つけ…
 となれば…それに不満を覚えるものが約一名。

「なんなのよ!この色ガキどもはっ!」

「うっさいわねっ! 羨ましいなら羨ましいって、ハッキリ言いなさいよ!!!」

 甲高い声が、それまでの甘い空気を綺麗さっぱりと消し去ってくれるのだ。
 機銃乱射の如く飛び交う罵詈雑言。
 逃げ遅れた小市民が約二名。 

「頼む、シンジ君。これ以上…葛城の機嫌を悪くさせないでくれ…」

「僕にも無理ですよ。ラミエルとゼルエルの喧嘩に素手で飛び込むほうが…」

「「誰がラミエル(ゼルエル)だっ!!!」」

 シンジの意識は心地よいはずの柔肌の拳に挟まれ、母との一時の再会を楽しむ事となる。




「…ただ、新古品のことを分かりやすく説明してただけですよ」

 冷や汗を流すシンジの前には紫色の初号機…ではなく、ミサト。
 だが、そのシンジを守るかのようにアスカは胸に抱きしめていたりする。
 本来なら後ろ頭に感じる感触も力が込められたアスカの腕が震えるのを見ては楽しめない。

「なるほどな…なら、俺を例に出さなくても良かっただろう…」

「じゃぁ、誰だと?」

「例えばだな、日向君とか…」

「それはあんたの焼餅でしょ?」
「じゃあ、葛城は誰なら」

「まぁ、聞きなさいよ…」



















 久しぶりの休暇。
 だが、青葉に休暇を楽しむ時間はない。
 休日にもかかわらず、その姿は本部でも見れないスーツ姿。
 髪もスプレーでオールバックに固め、少しだけなら青年実業家とも見えなくもない。
 そのような格好をして何処に出かけるのか…
 無論、休暇であるからには、仕事などでは決してない。
 彼には一生に一度の筈の大舞台が待っているのだ。
 マヤの両親への挨拶という。
 『娘さんを…マヤさんを僕にください!』
 この一言のために、青葉は慣れぬ車で疾走しているわけである。
 …ここまでくるに、長い道のりだったな。
 思えば、同じ職場に居るのに、プライベートな時間はすれ違いばかり。
 そしてようやく噛み合ったオフタイムに、食事に誘えたのは出会ってから1年以上過ぎていた。
 少しづつ距離を詰めて、デートと呼ばれるものに誘える状態になった時には2年が過ぎていた。
 そして、肩を抱けたのは…
 シンジ君の様々だよな、あれのお陰で距離を一気に縮められたんだから。
 初号機が暴走して使徒を殲滅したとき。
 それまでの人を模した動きではなく、野生動物さながらの四速歩行。
 さらに、使徒の捕食。
 その様子に恐怖したマヤは震え、吐き気の為に蹲る。
 青葉はそれに気づくと、ここぞとばかりに肩を抱き寄せ、慰める。
 結構、良いシチュエーションじゃないか?これ?
 手に入れることができなかった温もりに幸せを感じながらも、その自分の行動に酔う。
 青葉がここまで女性を落とすのに苦労したのも初めてなら、ここまでの関係に至ったのも初めて。
 その後は、それまでの展開の遅さを感じさせぬほど、トントン拍子で事が運び…気づけば、プロポーズまで。
 記憶の中のマヤは目に涙をためながら…恥ずかしそうに頷く。
 そして妄想の世界から現実に舞い戻る。
 普段ならば助手席にはそのマヤの姿を見ることができるのだが、今日は一人。
 さらに空いた席には某有名菓子店の折り詰が鎮座していたりするのだから、気合の入れようも違う。
 カーナビに表示される目的地がどんどんと近づいてくるにつれ、胸の鼓動も早くなる。
 やばいな、ここでこんなに緊張してたら、御両親の前で喋れるのか? 俺?
 緊張が不安を呼び、自信を食い潰して心を弱いものに変えていく。
 シンジ君じゃないが…逃げちゃだめだって言いたくなるな…
 意識を鼓舞させる方向に向かわせて、自身に暗示をかける。
 よし…俺なら出来る!失敗したって何度でもできるんだ!
 心に決着をつけた時には、すでにマヤの実家の最寄り駅。
 ここから先は、時間指定一歩通行等の関係などから、マヤによる道案内がなければ辿り着けない為に、待ち合わせして向かう事になっている。
 待ち合わせ時間までは、まだ僅かに時間がある。
 その間に、身嗜みの最終チェックを始める。
 スーツは…シミも汚れもない。
 ワイシャツ…皺も汚れもなし。
 ネクタイ…歪んでないよな、問題なし。
 髭…剃り残しなし。
 爪…ちゃんと研いである。
 ハンカチ、ティッシュ…って、違うだろ。落ち着け、俺。
 大きく息を吸い、音がする程の勢いで何度か深呼吸を繰り返すと、タイミングを合わせたように鳴り出す携帯。
 慌てる様に覗きこめば、その液晶には微笑む愛しい彼女の姿が大きく映し出されている。
 動揺する心を隠しきれぬまま、通話ボタンを押す。

「まっ、マヤ?」

「・・・・・・」

 呼びかけに返事がない。
 どうしたんだ? と思いながら、携帯を再び見れば間違いなくマヤからの着信であることを示す画像が表示されている。

「マヤ? おい、どうしたんだよ?」

 さらに呼びかけるが返事がない。

「おいっ!マ…「…見える? 目の前にいるんだけど?」」

 直ぐに顔を上げ、辺りを見回すがその姿は見つからない。

「…まっすぐ正面を見て、ロータリーの反対側」

 言われるままに、前を見るとバスの発着場が並び…その向こうに動かない人影が一つ。
 小さくしか見えないが、見間違えるはずのないその姿に慌てて迎えに行こうと車を走り出させようとするが…

「待ってっ! そのまま聞いてっ! …こっちに」

 マヤの声はいつもの甘えるような口調と違い、今にも泣き出しそうな声。
 もし…このときに、マヤの元に走り出せれば結果は違ったのかもしれない。

「…こっちに、こないで。 お願い、」

 だが、マヤの胸から紡ぎだされたその色に、青葉は動きを止めてしまった。

「どうしたんだよ?」

 時間がゆっくりと流れる。
 一瞬の間を数十分に感じさせる空気。

「…あのね、
 私、シゲルと結婚できない。」

 ゆっくりと語られるマヤの言葉に青葉の心は凍りつき、体はすべての活動を放棄する。

「…もっと、はやく言わなきゃいけないって、
 ずっと思ってて…でも、言えなくて」

 なんで?
 小さく疑問が浮かび上がる。

「シゲルのことが嫌いとかそういうわけじゃないの…
 多分、私が結婚するなら…相手はシゲルしかいないと思う」

 なんでだよ?
 ワケわかんねぇよ

「だけど、私は貴方とは一緒にいれないの。だって…」

「何でだよっ!!!」

 膨れ上がった疑問に心と体が開放されると、途端に叫び声となって吐き出される。

「ごめんなさいっ! でも…、でも…」

 そのマヤの声は涙で擦れ、そして遠くに見える人影もその手で口元を押さえながら震えてる。
 くっ…泣かせたって、何にもならないのに。

「ゴメン、怒鳴ったりして…」

「うぅうん、悪いのは、私…だから…」

 まずは、理由をちゃんと聞くんだ。
 じゃないと解決できる問題も、解決できなくなっちまう。
 冷静になろうと、その心を落ち着かせる。

「いいよ、っで…理由があるんだろ? なにか、」

「…う、ん」

 怒鳴ってしまったがゆえにマヤが語りだすのを静かに待つ。
 電話越しに聞こえるマヤの息も荒いものから次第に落ち着きを取り戻す。
 もどかしい…
 僅かな間でしかないのに、それが何時間にも感じる。
 理由を聞けば納得できるのか?
 そう自問しても答えは出ない。

「…私、いままで貴方と一緒にいて…一度も………なの、」

 は?
 蚊の鳴くような声とは、まさに、これ。
 遠くに見えるその姿も、俯いたまま肩を小さく寄せている。

「聞こえないんだけど…」

「一度も先輩の時みたいに…満足したこと無いの…」

「先輩?満足?…って…」

 その言葉に、反応しない男はいない。
 誰しも、その為に若い頃はその手の雑誌で研究するものだし…青葉も他に漏れず研究を重ねた。
 単調なのは良くないとか、時間をかけてゆっくりとだとか…等など。
 だが、記憶にある恋人の姿は…

「言われたの…体の相性って、結婚生活の上で凄く大事なことなんだ…って」

 体の… 俺の腕の中で見せたあの姿は?
 頭の中で繰り返されるその姿…それが、嘘だったと…

「きっと私、男の人だと満足できないから」

 演技だったのかよっ!!!!
 決して表に出ることのない心の叫び…
 恥ずかしくて、声にならないのである。
 男としての自信が一気に消失していく。

「それに、私が本当に好きなのは…先輩だから」

 先輩って、だれだ?
 青葉はマヤに先輩と呼ばれる男性はいないと記憶してる。
 大学時代? 高校時代?
 青葉が知らない時代において、先輩と呼ばれた人物なのか?
 だが、それを問いただす前に、ふと浮かんだ姿は…
 妙齢の金髪美女。

「まさか、先輩って…赤木博士?」

 答えはなかった、だが遠くに見える姿がしっかりと頷いてる。
 青葉の思考はここで停止。

「だから、ごめんなさい…そして、さよなら」

 最後の言葉に返事も出来ぬまま、空しい電子音が耳に響く。
 青葉が、次に意識を取り戻したとき、その視界の中に愛しい女性の姿はない。
 突撃用の菓子折りはただそこで、哀れな男を眺めているだけ。



















「って、どうかしら?」

 フフンと鼻を鳴らしながら、自慢げに語るミサトの姿。
 そして聞いていた三人も、余りのディティールの細やかさに唖然とするだけ。

「まさか…実話ってことはないわよね? ミサト…」

 しばらくしてからアスカがようやく口を開いた。
 ミサトにしては出来すぎた話だと思ったからであるのだが…

「あら、私だってこんな悲惨な話が実話なら、可哀想で話せないわよ」

 苦笑いを浮かべながら語るその姿に偽りがあるとは思えない。
 ミサトとて、一部所を束ねる長なのだ。
 さすがに、直属ではないとはいえ、部下に当たる人物をそこまで貶すことは、まずありえない。
 安心したように三人が安堵の息をこぼすのも無理のないこと。

「っで、なんの新古品で、こんな話になったんだ?」

 緊迫した空気の緩和を目的とした、話題の転換を図る加持の質問。
 シンジはその問いに対して警戒感など、まったく無い。
 アスカもその緊張感が解けたことから、質問が耳に入ってても、意識はしてなかった。

「えっと…ダブルっんっ!」

「シンジっ!」

 突然、アスカがシンジの口を両手で塞ぐ。
 その顔は真っ赤に染まっているのだが…それに気づく間もない。
 直後にシンジの首筋に手刀を打ち込み、意識を消失させて、シンジの抵抗がなくなった事を確認する。
 と、その顔をうつむかせて、ズルズルと音を立てながらシンジを引きずり、部屋へと消えていくのだ。

「な…なんなのよ、一体?」

「さぁな…」

 しばらくすると、活を入れられたのだろうシンジが、アスカに怒鳴られているらしい甲高い声。
 恐る恐る残された端末を覗き込めば…そこには、大きな二人用のベットの画像が…

「あ、あの子達…」

 途端に悪鬼さえも逃げ出す微笑を貼り付け、立ち上がり、二人が篭城した部屋へと向かう。
 僅かな強度しか持たない襖を境に紛争が勃発する。
 加持も一瞬は引きとめようなどと、考えるのだが流れ弾で殺されるのも美学に反すると結論付け端末に再び視線を戻す。

「ダブルベットか…たしかに新居に用意されるものだがな…」

 ふと…そこの連絡先に加持の目が留まり、そしてそのまま硬直する。
 隣にはいつの間にかに紛争地帯から脱出してきた、シンジの姿が。

「酷いですよ、加持さん。助けてくれたって…」

 恨めしそうに加持を睨むが、加持は端末を見つめたまま動けない。
 つられるように、端末を覗き見ると…
 【flsigeruaoba@nerv.or.jp】
 『fl』とは『First Lieutenant』の略で中尉を指し…Nervでいうなら二尉。
 そして『しげるあおば』?

「これって…」

「ホントに実話だったのか…」

 心の中で誰が可哀想だと突っ込みを入れたくなる衝動が起こるが…
 紛争地帯に逆戻りする気はない二人。

「『誰も信じるな』か…」

 急に窓の外に広がる青空を振り仰ぎ、加持は師の言葉を口ずさむ。

「このブラウザみたいに…『戻る』ボタンで過去に戻れたらいいのに…」

 画面を憐れみの視線で見つめるシンジ。
 加持も、胸元からタバコを一本取り出し、火をつけると、青空に向かって煙を吐き出す。

「戻ることが出来ない現実、それが過去だよ…シンジ君」

 シンジも釣られるように窓の外を見れば、煙が青空に浮かぶ雲の様に千切れ霞んでいく。

「加持さんとミサトさんの新居用のダブルは、僕らは買いませんからね」

「あぁ…大丈夫だ、もう手は打ってある」


















おまけ〜半年後

「嘘つきっ! 手を切ったって言ってたのは誰よっ!」

「いや、確かにっ!ちゃんと手は打ったんだ、信じてくれっ!葛城!」

 昼時の本部休憩室で注目を集めているにも関わらず、声のトーンを落とすことなく叫び続ける二人。

「みっともないわね…」

「ホントに…」

 偶然通りすがった、シンジ・アスカの二人の視線も冷たい。

「シンジ君、アスカ、助けてくれっ! 葛城を…」

 と、助けを求めるのだが…
 シンジは冷たい視線のまま、つかつかと加持とミサトの耳元でボソリと一言。
 直後にクルリと背を向けて、アスカの元に。
 残された二人は、助けを求める幼子の瞳。

「何を言ったのよ?」

「ん、…新居のベットは自分たちで処理してください…って」

 そのまま、アスカと手を繋ぎながら立ち去る姿には、二人に対しての憐れみなど全くない。
 周りで様子を伺っていた者達は、その言葉にとある人物とその成れの果てを想像してしまう。
 そして、あからさまに憐れみの視線が…

「違うぞ、俺は『青葉二尉』と違って、そっちは自慢なんだっ!何なら君で証明しようか!?」

 近くにいた女子職員に足掻くのだが…間が悪い。

「…加持君? この期に及んでまだするの?」

 振り返れば、黒光りのする鉄塊を握り締め模範的射撃姿勢のミサト。
 これから数週間、加持一尉の姿を見たものはいない。



おまけ2

 人気のない休憩所で一人寂しく食事を取る青葉。
 周りから突き刺さる視線が痛さに耐え切れず、ここ数ヶ月は一人で食事を取るのが習慣。
 確かに振られた事実はそうなのだが…突き刺さる視線に憐れみ以外の何かがある。
 たまに、男性から優越感に満たされた視線も…
 だが、青葉にはそこまでされる覚えはない。
 一度は、キレそうになったりもしたのだが…

「…ちょっといい?」

 その声に顔を上げれば、マヤの姿。
 同じ職場だけに、顔を合わせない訳ではないが…仕事以外の会話は久しぶり。
 上手く返事をすることもできずに、思わず見とれてしまうのは仕方がない。

「ごめんなさい、私のせいで…変な噂になっちゃって、」

 噂?と…思うのだが、青葉には思い当たる節がない。
 振られたというのは事実であって、噂になるほどの事でもないのだが…
 マヤにしても今この時に言わなければ、噂のせいで仕事がこれ以上やりにくくなっても仕方がない。

「アレが凄い下手って…」

 下手? もしかして…?
 マヤの言葉に、男たちの優越感に満ちた視線の意味が見えてくる。

「俺は…下手なのか…」

「比べたとかそんな経験ないけど、そんなことないのは私もよく知ってるから!
 小さくもないと思うし!早いとかそんなこともないと思うから!」

 最早、返す言葉をすべて失った青葉は、何も見えない。
 傍で聞くものがいたとすれば、そんなこと大声で言うなっと忠告するものもいたかも知れない。

「そ、それだけなの、ごめんなさい。それじゃっ!」

 足早に立ち去るマヤ…
 ここにきて、ようやく我に返った青葉は周りを確認する。
 そして、ひと気が無いことを確認すると、ホッと安堵の息を漏らすのだが…
 全く別の階層、薄暗く閉ざされた部屋でそれを見ていた者がいることは気づけない。

「…無様ね、」

 その映像を見つめる視線は冷たい。
 僅かな間の後、カタカタとキーボードを叩く音が続き…やがて、そのリズムに合わせるように高笑いが響く。

「まだよ…私のマヤを奪おうとする者をこの程度で許してあげないわ!」

 この数時間後…青葉には更なる噂が付け加えられる事となる。







しふぉんさんから頂きました、「オークションは匿名で・・・」でした。まずはしふぉんさん、掲載が遅れてしまったことをお詫びいたします。
というわけなのですが、実はコレ、リクエストSSだったりします。あんなワガママに付き合ってくださるとは、ホントしふぉんさんには頭が上がりませんよ。
にしても、青葉・・・・可哀想。

というわけで、しふぉんさん、ホントにありがとうございました!!






モドル