
雨は嫌いじゃない。
雨音以外の喧騒が聞こえないから。
そしてなにより、雨の中を一つの傘で二人で歩けるから。
アタシは「荷物が増えるのはイヤっ!」って、いつも傘を持たない。
でも…これは言い訳なのに、シンジはいつもそれに気づかないでアタシの分の傘を自分の鞄に詰める。
朝のニュースの合間に流れる天気予報で雨が降るかもしれないって、たった一言でそれを決めちゃって…
たまには忘れなさいよ。
午後になって予定通り降り出した雨は、昇降口から見える校庭の様子をを霞ませてる。
「はい、アスカの傘。ちゃんと持ってきたからね」
いつの間にかに現れたのか、アタシの後ろに立って人懐っこい、そして男に似合わない可愛い笑顔でアタシを見ながら、傘を渡そうとする。
全く…コイツは、アタシの気持ちなんか全然理解してない。
だからアタシは無言のまま、渡された傘を鞄に入れる。
そしてそのまま雨の中を不愉快な顔を隠しもせず歩き出す。
一瞬の間もなく、シンジは吃驚したように飛び出してきてアタシの上に傘を差し掛ける。
アタシから少し離れたところで、体の半分を濡らしながらもアタシが濡れないようにって、コッチに大きく傾けて。
校庭を抜けて、校門をくぐる頃にはシンジの半身はびしょ濡れになってる。
もう少しコッチによってくれば、コイツも濡れないのに…
そう思いながら、ちょっと厳しい目を向けても…コイツは恥ずかしいのか、俯いたまま顔を真っ赤に染めてアタシの視線に気づかない。
馬鹿なんだから…
だからアタシは傘を持つコイツの腕を抱きかかえるように引き寄せる。
吃驚したように急にアタシを見て、そして、アタシの視線に気づく。
「馬鹿シンジ」
「あの…いいの?」
毎度のことなのに…どうして、コイツはこうも鈍いのか…
伺うように上目遣いでアタシを見つめる。
いつもなら、ここで大きな溜息と共に諦めるところなんだけど、流石に今日と言う日は許し難い。
だから、コイツの手から傘を奪い取り、車道に放り投げる。
引っ切り無しに通る車によって、傘は無残に轢かれ、踏み潰されて、針金と布切れへと姿を変える。
「何するんだよっ!」
視線も厳しく見つめるシンジを無視して、アタシはシンジの右手を持ち上げると、脇の下にもぐりこむ様に上着の中に頭を入れる。
その途端、怒っていた顔をまた驚きの顔に戻して、アタシを見つめる。
「コッチのほうがいい」
そういいながら、アタシは上着の中でシンジの体に抱きついていく。
全く鈍いったらないわよね…
ここまでしても、気づかないなんて…犯罪よ。
アタシの後ろで、両手がブンブン振られているのがわかる。
コイツの顔は見えないけど、それもわかる。
真っ赤になって、うろたえながら、漫画みたいに両手を泳がせてるのよね。
「ア、アスカっ!」
この状態を受け入れるまで、アタシは動かない。
その手が、アタシの肩を抱いてくれるまで、絶対にここから動かない。
風邪引いたって、どうなったって構わない。
罪を償ってもらわないとね。
アタシの気持ちに気付かないなんて、ホントなら極刑モノなんだからねっ!
「馬鹿シンジ」
それから、ゆっくりと歩きしたのは、五分くらい後のこと。
シンジの腕はアタシ頭を優しく抱くように、肩の上を通っておでこの辺りで上着の襟を握ってる。
上着はびしょ濡れになりながら、アタシとシンジを包み込んでくれてる。
シンジの濡れた髪がアタシの頬を撫でて、ちょっとくすぐったいけど…嫌じゃない。
それが、シンジがすぐ近くにいるって証だから。
いつも渡る大通りの歩道橋は、この状態だと歩きにくい。
少し遠回りになるのを覚悟で、横断歩道のある交差点まで進んでいく。
少し前に赤に変わった信号に足を止めたと同時に、アタシは顔を横に向ける。
シンジは首を動かさず、不思議そうな顔で視線だけをアタシに向ける。
「どうしたの?」
シンジの両手は、上着を押さえる為に塞がっている。
だからアタシは両手をシンジの首に伸ばして、逃げられないように固定する。
またうろたえてるけど、逃がさない。
「周りなら心配しないでいいわよ、どうせ上着で見えないから」
そのままシンジの意思を無視するように、唇を重ねる。
少し冷えた体が、暖かい感触に呼び起こされたように熱をもってきて、それが唇に篭ってくる。
車によって弾き出された水音が止むまで。
軽薄な電子音が流れ出す。
それに合わせる様にアタシはその手を緩めて、もう一度シンジの腰に腕を回す。
呆然として、立ち止まったままのシンジの腰を押して、もう一度歩き出す。
女の子であるアタシがここまでしてるんだから…いくらシンジでも気付いてるはず。
横断歩道を渡り終えると同時に、アタシの鞄から真っ赤な傘を取り出してシンジに渡す。
「僕で…いいの?」
不安そうな…叱られた仔犬みたいな顔で、アタシの傘を受け取る。
きっと、アタシの顔が不機嫌さを全く隠してないから。
「告白はアンタからじゃないと許さないからね」
アタシの傘がいらないって意味をこれで理解してくれるわよね。
驚いた顔を隠しもせずにコクリと頷く。
次第に、その表情は嬉しそうになって、そして優しくなっていく。
それを、アタシはじっと見つめたまま動かない。
「どうせびしょ濡れだし…このまま帰ろうよ」
アタシの頭を包む腕が、ゆっくりと進むように促してくる。
それに合わせて、アタシの足もゆっくりと進みだす。
視線だけで、シンジの顔を見れば…
満面の笑顔が浮かんでる。
「雨なのに喜ぶなんて、アンタって仔犬みたいよね」
「僕が子犬なら、アスカは仔猫だよね」
同時に頬を寄せ合って、忍び笑いを溢しながら…
アタシの目の前で、オレンジ色のゴムの塊が跳ねてる。
最初は、大きく跳ねてて、次第にその跳ねる高さは小さくなっていって…そして最後は床の上で転がる。
これって、「スーパーボール」よね…
飛んできた方向を見れば、シンジが突っ立っていて…
「あれ? アスカは猫だからじゃれつくと思ったのに…」
コイツには虎も猫科の動物だということを教えてやらねばなるまい…
「調子に乗りすぎっ!」
一気にシンジの体を押し倒して、その上に馬乗りになる。
フローリングの床に頭を打ち付けて、少し苦しそうな顔を浮かべてる。
「覚悟は出来てるわね?」
アタシの言葉を無視するように、シンジの手がアタシの頬に伸びてくる。
そして、ゆっくりと撫で上げて…
アタシの首に手が回る。
その動きに、背筋に刺激が奔り抜けて…アタシの体から力が抜けていく。
「告白は、僕からだよね…」
アタシの首に回された手が、ゆっくりとシンジのほうに引き寄せられていく。
その動きにも逆らうことができる訳がない。
顔を真っ赤にしながらも、必死に澄ました顔を取り繕ってて…
それが、ちょっと可笑しいんだけど…
どうせ、アタシも似たようなモノ。
シンジの瞳の中にアタシの姿がくっきりと映し出される。
アタシの目に映るのは、きっとシンジの顔だけ。
もう、それしか目に入らないから。
「僕は、アスカが好きだよ」
返事をする余地もなく、アタシの唇は塞がれる。
どうせ、アタシの返事なんか決まってるんだから、言う必要性なんかない。
唇を重ね合わせるだけのお子様なキスも、今のアタシには最高の快感をくれる。
ゆっくりと離される温もりが恋しくて…アタシは、首筋にもう一度唇を寄せる。
「やっぱりアスカは仔猫だね」
そういいながら、アタシの髪の間を指が通っていく。
何度も…
「アタシの傘は…」
「うん、もういらないよね」
「おっ、おい!? センセっ! なんてモンを!!!」
「シンジ…お前は大人の階段を…」
「「なんて羨ましいっ!!!」」
「アスカ…やっぱり、絆創膏で隠し…」「殺すわよ?」