
あなたにも〜第参話
アタシが書きたいのはね、とスカーレットさんは力説し始めた。
「甘酸っぱい感じの恋愛なのよ。等身大の高校生を書ききる! みたいな」
「はぁ」
ブラックのコーヒーを飲みながら、足を組んでソファーにゆったり座ってそう言う姿は、なかなかに絵になる光景だ。
だけど。
「アンタもそういうこと意識しといてね!」
ビシっと指をさすスカーレットさん。
そうですね、と生返事しながら僕は思う。
いや、健全な男としてはかなり嬉しい状況ではあるんだけどさ。
失礼だとは思いつつ、僕は言った。
「あの・・・できればもう少しまともな格好してもらえませんか?」
この寒いのに、ホットパンツに半そでのTシャツって。
一体どんな生活してるんだろうと思った瞬間に、僕の右頬は赤い紅葉柄に飾られてしまった。
「どこみてんのよ、変態!!」
あなたにも書ける・・・かもしれない恋愛小説。
written by sonora
Chapter 3
頬を押さえて片目を閉じている間に、スカーレットさんは奥の部屋へと走っていき、すぐにジーパンにニットのセーターという格好に着替えて戻ってきた。
「どうしてオトコってバカでスケベなのかしら! もう!」
「いえ、そういうつもりじゃ・・・っていうか、さっきの格好だと寒くないですか・・?」
ふん! と鼻を鳴らした後、スカーレットさんは説明を始めた。
どうやら彼女は寒さに弱いらしく、寝るときも部屋の温度を25℃に保ってなおかつ毛布と羽毛布団に包まっているらしい。
それじゃあ確かにさっきの格好でも寒くないだろうなと思う僕だった。完全防備している僕にとっては少々暑すぎるくらいだし。
「ホントに・・・何考えてんだか」
「だから、そういう意味で言ったんじゃないですよ・・・」
「いーい? 仕事中に変な考え起こしたらタダじゃおかないわよ」
「分かってますよ」
分かればいいのよ、とスカーレットさんは言った。
それから、あの殺風景な仕事場に向かう。
無駄なものがないほうが仕事に専念できる。そんな理由から、ここにはほとんど何も置いていないんだそうだ。
「昨日、どこまで書いたっけ?」
「えーっと・・・あ、ここです。確かこのあと真嗣が女の子に声をかけられるんですよね?」
「あぁ、そこね。うーん・・・アンタ準備はOK?」
「いつでもどうぞ」
いつもの準備運動、手を握ったり開いたりを何度か繰り返した後、僕は答えた。
スカーレットさんは目を閉じた。
どうやら、そうして想像しながら書くのが彼女の仕事の方法らしい。
自分で書いてたときにもそうしてたのかな、でもそれだとパソコンの画面見えないしなぁ・・・と余計なことを考えてみた。
「いつもどおりに授業を終え、校門を後にする。春のわりに冷たい風が僕を襲う。
時々、綺麗な花びらが風に舞うのを見ながら、僕は駅までの道をゆったり歩いていた。
僕を早足で追い抜く人、前からやってきて僕とすれ違う人、みんなそれぞれ春らしい穏やかな表情を浮かべていて、それだけで何はなくともいい気分になっている僕がいた。ここまでOK?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあいくわよ・・・ちっ」
スカーレットさんが舌打ちをしたのは、りーんりーん、と電話が鳴ったせいだ。
いいところなのに・・・と言いながら、スカーレットさんは僕に目で合図をする。取りに行けってことだ。
「はい・・・」
子機をとって通話ボタンを押したは良かったけど、まさかそこで僕の本名を名乗るわけにも行かず、かと言って他に返答の仕方もなかったからそのまま黙っていたけど、それはどうやら正解だったみたいだ。
「担当の葛城です・・・君は例のバイトの子かしら?」
「あ、はい・・・」
「彼女は?」
「あ・・・」
僕がスカーレットさんを見ると、彼女は最初に「だれ?」と口パクした。
つられた僕も口パクで「かつらぎさんです」と答えると、彼女は動かせる右手を必死に横に振って、なおかつしかめっ面をしていた。代わるな、ってことだろう。
「あの、ちょっと手が放せないみたいなんですけど」
「全く・・・しょうがないんだから。連絡がないとこっちも困るのよね・・・じゃあ、君さ、悪いんだけど連絡係頼まれてくれない?」
「え・・あ、はい・・」
「今は順調?」
「えぇ・・まぁ」
順調かどうかなんとも言えないところではあるけど、少なくとも0ではないので僕はそう答えた。
「そう・・ならいいんだけど。じゃあ、何かあったら・・・えーと、今メモできる?」
「あ、はい」
僕が答えると、葛城さんはどこかの電話番号をすらすらと言い、そこにかければ大抵つかまるから、と電話を切ってしまった。
なんていうか、仕事がだんだん増えているこの状況って正しいんだろうか?
まぁたいしたことじゃないからいいとしても・・・最初の内容とずいぶん違うよなぁ・・・。
「ミサト、何だって?」
子機を戻して僕は答える。
「順調か? って」
「もー、仕事してるんだから干渉しないで欲しいわよね」
「でも担当者なんでしょ?
気にするなって言うほうが無理がないですか?」
「それはそうだけど・・・ほら、続き続き!」
急かされるままに、僕は椅子に座る。
「ちょうど駅のすぐ傍まで歩いたところで知らない制服をまとった女の子に声をかけられた。
『すいません、ここまで行きたいんですけど・・・』
女の子が手に持ったメモを覗き見る。
そこに書いてあったのは、僕の通う高校の名前だった。
『あぁ・・・ここならこのまままっすぐいって、最初のコンビニを右に曲がるとすぐ分かりますよ』
そうですか、とその女の子は言った。
『今度、この高校に転校することになってるんですよ』
『そうなんですか・・・僕、実はここに通ってるんですよ』
そこで、じゃあ気をつけて、とでも言って彼女を送り出してあげればよかったのかもしれない。
でも僕は続けてこう言った。
『良ければ案内しましょうか?』
と。
来た道を戻るなんて手間、普段の僕だったら絶対にしないのに、何故だかその瞬間はそうしたくなった。
それはやっぱり春独特のふいんきがそうさせたのかもしれない。
彼女は笑って。
『お願いします』
と、綺麗に笑「あの!」
「何よ」
スカーレットさんは僕を睨んだ。いいところで止めないでよ、と青い瞳が訴えている。
「あの・・ふいんき、で変換できないんですけど」
「アンタ何年日本人やってんのよ? ふんいき、よ。ふんいき!!」
「あ」
すばやく手を動かしてミスを直した。
確かにそうだ。いつも何気なく『ふいんき』と言っちゃってたから気づかなかった。
何年日本人やってるの? っていう指摘は、確かに正しい。
「スイマセン・・・」
「しっかりしてよね。完成しなかったらどう責任取ってくれるわけ?」
「はい・・・スイマセン」
「で、他は聞き取れたの?」
「あ、いや・・・」
「ったく・・・アンタねー、曲りなりにも給料払ってんだから、ちゃんと仕事しなさいよね」
「ごめんなさい・・・」
とりあえず平謝りしておく。反抗しても意味がないことはもちろん、僕とスカーレットさんの間には労働関係が生じている。僕は雇われている側できちんと給料ももらっている身。多少嫌なことがあったくらいで文句を言えるような立場じゃないし。
「じゃあ、今度はしっかりやってよね」
「はい」
「それはやっぱり春独特の雰囲気がそうさせたのかもしれない。
彼女は笑って。
『お願いします』
と、綺麗に笑って小さく頭を下げた」
スカーレットさんはぐーっと伸びをして、ここで切って先にお昼にしましょうか、と言った。
今は11時半。今から作ったらちょうどいいかもしれない。朝からトーストとコーヒーしか口にしていない僕にはありがたい申し出だった。
そこで僕はふと思い出した。空っぽの冷蔵庫や、ほとんど使った跡のない食器類を。
「あの、スカーレットさんって普段どんな食事してるんですか?」
「どんなってどんな?」
「料理とかしないんですか・・・? ここの食器とか、使った感じがあまりしなくて」
「あぁ、そういうこと? 料理なんてしないわよ」
「えっ・・・じゃあ食事は」
「そりゃ、コンビニ行って買うわよ。お弁当とかいろいろあるし」
「それはまぁ・・・でも栄養偏ったりしません?」
「だって作るのもめんどうじゃない」
そう言ってから、別に作れないわけじゃないのよ、とスカーレットさんは付け足した。
でも、スカーレットさんなら、料理作ってる最中に構想が膨らんでやかんを空焚きにしちゃうとか、お鍋を焦がすとか、包丁持ったままなの忘れてて指を切っちゃったりとか、そういうことをやりそうな感じがする。自分の世界に没頭することは、今日までにも何度かあったし。
「あの、もしよければ」
別にこんなこと言う必要はなかったと思う。どうせ買いに行くのは僕なんだし。
それでもこのときは、何故かそう言いたくなる自分がいたんだ。
「僕が何か作りましょうか?」
スカーレットさんはきょとんとした目を僕に向けた後、ほんの少しだけ考えて、
「マズかったら承知しないわよ」
と、笑った。
まあまあね、とスカーレットさんは言った。
たまたま近くにあったスーパーで買った、間に合わせの食材で作った割には良くできたと自分では思う。だから「まあまあ」というのは一応褒め言葉に取っておくことにした。
ちなみに、メニューはチャーハンとコンソメスープだ。
「アンタ、1人暮らし?」
「そうです」
「いつもこういうの作ってるの?」
「出来るだけ自炊するようにしてます。そのほうが安上がりだし」
「ふーん」
スカーレットさんは猫舌らしく、スープを冷ましてからゆっくり飲んでいた。
スプーンですくって、ふーふーするその仕草がなんとなく微笑ましかった。
「明日香と真嗣って、モデルがいるんですか?」
早く食べ終えた僕は、食器をシンクに置いた後で彼女にそう訊いてみた。
別に深い意味はないんだ。ちょっと気になっただけ。
「モデル? まぁ、いないこともないけど」
スープを冷ましながら、スカーレットさんはそう答えた。
「知り合いですか?」
「まぁ、そうね。でも、なんでそんなこと訊くのよ?」
「理由があるわけじゃないですけど・・・でも真嗣ってなんとなく可愛げがありますよね」
「どういうところ?」
「一人称が『僕』じゃないですか。
高校生の男ってやっぱり『俺』っていうやつとか多い・・あ」
言ってから、しまった! と思った。僕も一人称は『僕』だ。別に深い意味があって使ってるわけじゃなくて、小さい頃からそう言ってたから直らなくなっちゃっただけだけど。
慌てた僕をスカーレットさんはやっぱり呆れ顔で見てから、言った。
「アンタも『僕』じゃない。何アンタ、自分のこと『可愛げがある』とか思ってるわけ?」
「あ、いや・・そういうことじゃなくて」
「じゃあ、どういうところ?」
「あのー・・・えっと、お、幼いところ、とか」
「幼いってアンタもう大学生でしょ? 年上視点なんだから幼く見えて当然でしょ・・・ん、でもそうみえる?」
「僕からしたら、ちょっと幼いかなぁ・・・いや、若いっていうほうが正確かもしれませんけど」
「そう・・・んー・・なるほどねぇ」
持っていたスプーンはそのままで、右腕で頬杖をついて、動かせる左手の人差し指をトントントン・・・。いつものポーズだ。僕が勝手に『思考ポーズ』ってつけたやつ。
こうなったら、彼女はホントにてこでも動かない。時々ぶつぶつ呟いたりする以外は何もしない。そうやって世界観とか、この先の展開とかを考えているらしい。
ちなみに、初日にこうやってるところを邪魔したらすごい勢いで怒られた。
こういうとき、バカみたいに待っているだけなのも時間がもったいないと僕は思って、持ってきた本をかばんから取り出したところでもう一度電話が鳴った。
「はい・・・」
さっきと同じように返事をしたら、今度聞こえてきたのは男の声だった。
「あれ・・間違えたかな・・・」
「あ、あの・・・スカーレットさんに御用ですか?」
「スカ・・・あぁ、うん。そうなんだけど・・・君は?」
「あ、スカーレットさんが腕を怪我されて、それで小説の執筆に支障が出るので・・・助手のバイト、なんですけど」
別にそんなに真面目に答えなくたって良かったんだろうけど、相手が男だったし、変な誤解を生むのも嫌だったから僕はそう答えた。
それで納得してくれたのか、相手はそうかそうか、と言って続けた。
「それで、彼女は今いるのかい?」
ちらっとスカーレットさんのほうを見ると、彼女はまだ『思考ポーズ』のまま考え続けていた。
僕は出来るだけ申し訳なさそうな声を出して答える。
「すいません・・・ちょっと今・・その、考え中で・・・邪魔すると僕が」
「怒られるね、それは」
「はい・・・すいませんけど」
「じゃあ、伝言をお願いしてもいいかな?」
「あ、はい」
「ただいま。腕はお大事にね。今度は時間が取れそうだから会いに行くよ・・・と、それだけ。お願いするよ」
「あ、お名前は?」
「カヲル、と言ってくれたら分かると思うよ。それじゃあ、よろしく」
相手の男は僕の返事も待たずに、ぷつ・・・と電話を切ってしまった。
「ふぅ・・・あ、スカー・・・まだだめだよなぁ」
そんなに『幼い』発言は大きい問題だったんだろうか。やれやれ、また怒られなければいいけど。
そう思いながら、僕はテーブルについて本を広げた。
「あ、さっきの誰よ?」
その声で現実に戻された。
時計を確認すると、2時を少し回ったところだった。
「え・・・あ、カヲルさんって方から電話で」
「カヲル!?」
「はい。知り合いの方ですか?」
やぼったい質問だよな、そう思った。
今度会いに行くよ・・・あのカヲルさんの言い方を考えれば、普段は鈍感扱いされてる僕だって分かる。2人が恋人だってことくらい。
「『ただいま。腕はお大事にね。今度は時間が取れそうだから会いに行くよ』だそうですけど」
「全く・・・あのバカ」
言葉だけ聞けば乱暴なもの。でも、そんなに甘くて気持ちのこもった『バカ』っていう言葉を、僕は初めて聞いた。
頬杖ついてるのも、少しうつむき加減なのもさっきのポーズとほとんど同じなのに、何故かその瞬間だけはすごく綺麗に見えた。
それで見とれていると、スカーレットさん独特の青と目が合った。
「何見てるのよ」
「あ・・すいません」
「やだアンタ、もしかして見とれてた?」
「え・・あ、あはは・・」
はっきり返事をしないで、曖昧に笑ってごまかすと、スカーレットさんはすくっと立ち上がって僕に言った。
いつもの、明るい表情で。
「さ、仕事よっ」
モドル