泣かなくてもいい夢を見たのは久しぶりのような気がする。いつもはママが天井からぶら下がっている光景か、みんなに置いてけぼりにされるような夢くらいしか見ないから。
 小さい頃はもっとマシな夢を見ていたような気がするのに、この差はなんだろう。もしかしたら、アタシには想像力と呼べるものがなくなってしまったのかもしれない。だとしたら残念だ。
 でも今日の夢はそうじゃなかった。楽しくはないけど、心が軽くなるような気がする夢だった。
 アタシは日本に来たときに着ていた黄色のワンピースを着て、ブランコに乗っていた。足をぶらぶらさせながら自分の靴を見ていた。周りを包むオレンジの光が優しかったのを覚えている。

「何してるんだい?」

 声のした方向を見て驚いた。
 灰色の髪に赤い目。シンジと同じ制服を着ている。ポケットに手を突っ込んで、余裕ありげに構えていた。
 ファーストに似てる。それだけ思った。

「さぁ」

 その少年に目を向けたまま、アタシは言葉少なにそう答えた。意地悪をしたわけじゃない。ただ、アタシも何をしているのか分からなかっただけだ。

「何してるように見える?」

 逆に聞き返す。
 少年は自分の髪に手をやった。髪に反射したオレンジの光がとても綺麗。でも、その仕草はちょっと気障だ。

「ブランコに乗ってる」

「そうよ。だから、アンタの質問の答えがそれ」

「あぁ、そうだね」

 少年は表情を崩さない。何だか気味が悪い。ファーストに似てる。一つ違うのは、ファーストよりも会話に積極的なことだけ。

「アンタは何してるのよ」

 何か聞かなきゃいけないような気がしてそう言ってみる。でも、何してるように見える?と返されるだろうなぁ、となんとなく思った。

「アタシが見た感じ、アンタは何もしてないみたいね」

「そう。僕は何もしていない。ただ空を見に来ただけさ」

「空?ばっかみたい。どこからだって、好きなときに見られるじゃない」

 やっぱり気障だ。そのわりに「僕」なんてしゃべり方をする。空を見に来ただけさ、なんて変なヤツ。
 少年は黙って本当に空を見ていた。穏やかな表情。いつかのシンジに似てる。ファーストと楽しそうにしゃべっているときの、シンジに。
 なんだかいらいらする。

「空だって、表情を変えるものさ」

「は?」

「晴れていたり、雨が降ったり、オレンジだったり水色だったり灰色だったり。僕はそれを見ているんだ」

「・・・アンタって気障よ」

 思わず本音が出た。

「そうかもしれないな」

 気を悪くした様子もなく、少年はそれだけ答えた。

「一度じっと見てみたらいいさ」

 最後にちょっとだけ口を歪ませたのは、笑ったせいなのかしら。尋ねようと思って口を開きかけて、それで目が覚めた。
 何もない、不自然に真っ白な天井。見慣れた天井だ。アタシは何度ここで目を覚ましたんだろう。
 1,2,3・・・数えようとしてやめた。ばっかみたい。数え切れる数じゃないのは最初から分かってたのに。
 あの少年は誰なんだろう。アタシは会ったことがない。もしかしたら、ほんの少しは想像力がアタシにも残っているのかもしれない。ちょっと嬉しくなった。
 ここに来ると時間の感覚がなくなってしまう。今、何月何日何曜日の何時か。そういう感覚が、ここにいたら必要なくなるせいね、とふと思った。
 誰かお見舞いに来てくれたら分かるかもしれない。でも今のアタシにそんな人はいない。
 シンジ、ファースト、ミサト・・・どうせ自分のことで手一杯でアタシのところに来る余裕なんてないんだろう。
 それに、来てもいらいらするだけだ。だったら来なくていい。

「空・・・かぁ」

 申し訳程度に付いている窓から空を見てみる。ここにあるものの中で唯一時間と色を感じられるもの。
 悔しいくらいに、真っ青な空がそこにあった。
 夢の中のオレンジみたいに優しくない。自分が一番だとばかりに存在を主張しているような気がする。
 アタシみたいだ、そう思うと無性にいらいらして、虚しくなって、最後に哀しくなった。
 涙が枯れてしまったのか、一滴の涙も出なかったけど。



 砂場で男の子が泣いている。2人いた女の子が、ママに連れられて帰ってしまったから。
 ぼやけた光の中で、男の子のすすり泣く声が聞こえる。
 あの子には迎えに来てくれる人がいないのかしら。

「また会ったね」

 気付くとあの少年がアタシの横にたっていた。アタシはまたブランコに乗っている。

「そうね。何の縁か分からないけど」

「そうだね」

 男の子は泣きながら砂のピラミッドを完成させようとしているみたいだった。砂を叩く音がかすかに聞こえる。

「あの子はね、自分の居場所が欲しいんだ。誰かの隣にね」

「でも、今は誰もいないわ」

「そう、だから泣いているのさ。誰かが迎えに来てくれるのを、ああしてじっと待ってる」

「独りじゃダメなの?」

「独りの辛さを知っているのさ、彼は」

 君だって知っているんだろう?と歌うような調子で彼は言った。
 こいつはアタシの何を知ってるんだろう。

「アタシは独りで生きるの。そう決めたのよ」

「そうすれば誰かに捨てられることもないから?」

「・・・」

 答えにつまってアタシは何も答えなかった。そんなこと、言いたくもない。
 砂場では男の子がまだ頑張っている。そろそろ完成だ。
 日は少しずつ落ち始めている。オレンジが、紫に飲み込まれていく。嫌な気分だ。

「独りは、寂しくないかい?」

「・・・寂しくないわ」

「本当に?」

「だってアタシは!アタシは・・・」

 エヴァのパイロットだもの、みんな大事にしてくれる、優しくしてくれる。そう言おうとして、そう言えない自分がいた。
 そうだ、アタシはパイロットじゃないんだ。
 シンクロ率0。セカンドチルドレンたる資格がない。
 だから、アタシを見てくれる人なんていない。誰も、誰も・・・。
 アタシには何もなくなったんだ。

「寂しさを忘れることで、人は生きていく。でも、誰かと一緒にいられれば、その寂しさも少しは和らぐんじゃないかい?」

「・・・何なのよ、アンタは」

「さぁ、何かな」

「アンタなんかに、何がわかるって言うのよ!」

「僕は君のことを言ったんじゃない。それに君は僕に何も明かしてくれなかった。だから、僕の意見を言ったまでさ」

 のれんに腕押し。ぬかに釘。
 少年から目を離して、砂場の男の子を見てみる。綺麗なピラミッドがもうすぐ完成しそうだった。
 独りでピラミッドを作る気分はどんな感じなんだろう。

「彼も同じさ。独りは嫌だと思っている。だから何かにすがろうとしている。でも、それが見せかけだともうすぐ気付いてしまうんだ」

「何でそんなこと分かるのよ」

 少年は何も答えなかった。ただ少し厳しい顔をして、砂場を見つめている。
 言うべきことがなくなってアタシもしばらく砂場を見ていた。
 ぽうっと電灯が灯った頃、ピラミッドは完成した。綺麗な形だ。
 ほんの数秒、ピラミッドを見つめた後、男の子はそれを蹴って壊し始めた。アタシははっと息を呑む。

「彼は何度でもああする。誰かが横に来てくれるまで」

「誰でもいいの?」

「本当は君にいてほしいんじゃないかな」

「・・・アタシ?」

「そう。彼の名前は碇シンジ。僕より君のほうが、ずっと彼のことを知っている。そうだろ?」



「・・また、この天井だ」

 白い天井が見えて、アタシはそれであれが夢だと分かった。妙にリアルだった。現に、アタシの目の中ではあのぼやけたオレンジがちらついているような気がする。男の子の・・・幼いシンジの泣いている声も、耳に残ってて気分が悪い。
 彼も同じ・・・シンジもアタシと同じだとあの少年は言った。
 独りは嫌で、だから何かに・・・エヴァにすがってる。
 でもアタシはシンジのせいでエヴァを失った。だからアタシには何もない。
 すがっているものが見せかけだと気付く、とも言っていた。
 じゃあ、シンジもエヴァを失うってこと?あの無敵のシンジ様が?
 心の中で皮肉を言ってもどうしようもない。もう疲れた。
 それに、これはただの夢。少しリアルすぎるけど、夢は夢だ。だからアタシはここにいる。これが現実。

「夜・・・なんだ」

 窓から漆黒の闇が見えて、アタシはおおまかな時間を知った。
 眠りすぎたのか、体がだるい。でも、点滴をされていろんな医療器具が体につけられている状態じゃどうしようもない。だから舌打ちした。
 一体いつになったらここから出られるんだろう。



 それからしばらくは何の夢もみなかった。薬で眠らされているせいだろう。アタシの体は一体どうなったんだろう。自分の体のことが分からないなんてすごく嫌だ。生理痛に悩まされる心配はないけど、それはアタシの体がおかしくなっていることの証拠のような気がする。
 腕も足も、胸も痩せてしまった。元から余分な脂肪はついてなかったんだから当然かもしれないけど、それも気に入らない。
 何もかも嫌だ。でも叫ぶような元気も残ってない。
 あれから使徒は来たのかな?ネルフはどうなったのかな。アタシの弐号機はどうなったのかな。他の適格者が乗ってるのかな・・・。
 どうでもいいようなことを考えながら目を閉じた。



 目をあけると、あの少年が立っていた。周りにはちゃんと色がある。今度は青空の下、アタシはうずくまっていた。

「やぁ」

「・・またアンタ?」

「会えて嬉しいよ」

「アタシは別に嬉しくないわ」

「そう」

 風が気持ちいい。こんなふうに風を感じたのはいつ以来だろう。

「独りよりはずっといいんじゃないのかい?」

「さぁ。分からないわ」

 彼はまた唇の端をちょっと歪ませた。

「笑ってるの?」

「君にそう見えたのならそうなんじゃないのかな」

「そう」

 ふと見ると、この前の男の子・・・幼いシンジと、見慣れた赤いワンピースを着ている小さな女の子が一緒に遊んでいた。
 あれは、アタシだ。

「自分には何もないと思うのは簡単だ。でも、持っているもの全てをなくすのは簡単なことじゃない」

「・・・」

「君にはいろんな可能性がある。もちろんシンジ君にもね」

「・・シンジを知ってるの?」

「友人だよ」

 その言葉に嘘くささが微塵も感じされなかったから、アタシはそれで納得することにした。
 向こうでは幼いシンジとアタシが楽しそうに笑っている。

「でもアタシはママにもパパにも捨てられた。エヴァも失った。誰もアタシを見てくれない。加持さんもそうだった。ミサトもファーストもそう。誰もアタシを見てくれないわ」

「それは君がそう思っているだけさ」

「そうじゃないって、誰が証明してくれるの?」

「それは自分で決めるしかないよ」

「・・・そんなの、無理よ」

「君は何でも決め付ける悪い癖があるようだね。無理だと思うのは簡単だけど、本当に無理なことなんてないんじゃないかな」

「・・・偉そうにいってくれるじゃない。聞いてればさっきから何もかも分かったような口利いて!アンタ、アタシの何を知ってるの!?」

「何も知らないさ。君は何も言わないからね。でも分かる。言葉で説明するのは難しいけどね」

 少年はアタシが何を言っても飄々と返してきた。口ケンカで負けた気分になってアタシは口を閉じる。

「シンジ君も同じさ。何もかも自分の中で決めつけて、殻に閉じこもる」

「・・・だから何よ?似たもの同士一緒に生きろっていうの?あっちのアタシ達みたいに?」

 指を差して少年に言ってやった。無邪気に笑っているアタシとシンジは二人で手を繋いで走りまわっている。

「そうじゃない。ただ、痛みは分かち合えるって言いたかっただけさ」

「意味がわかんないわ!アタシがこうなったのはシンジのせいなのよ!?アンタ知ってるんでしょ!?」

「・・・」

「何でアタシがシンジなんかと!!」

「別にそういうつもりで言ったんじゃない。シンジ君と君は同じ痛みを感じられると言ったんだ」

「同じでしょ!!」

 大声を出したせいで体が熱い。すうーっと深呼吸してみた。
 誰もアタシを見てくれない。でもあそこにはシンジと一緒に笑っている自分がいる。
 だからって、シンジは嫌だ。こうなったのは全部シンジのせいだから。
 アタシがどれだけ苦しんだか、あのバカは知らない。一度は死ぬ覚悟でいたことも知らない。
 そんなヤツと、どうやって一緒にいろっていうんだろう。

「落ち着いた?」

「アンタがふっかけたんじゃない」

「そうだとしたら謝る。けど君が勝手に怒ったんだよ」

「うるさい」

 そういいながら耳をふさぐけど、少年がアタシに言った言葉はずっと頭の中でリピートされていた。



 気付くとまた白い天井だった。
 どうして夢の中で説教されなきゃいけないんだろう。最初に見たときは結構楽しかった夢なのに、今はもう見たくもない。
 夢は自分の心の中を映し出すもの。アタシは誰かにああいってもらえることを望んでるの?
 ほうっと息をつくと、人の気配がした。アタシとは違う呼吸を感じる。医者や看護婦じゃない。でも、アタシを知っている人みたいな感じ。

「アスカ?」

 シンジだ。アタシにはその頼りない声だけで分かった。でもなんとなく癪に障る。声だけですぐに分かるほどアタシ達は一緒にいたと証明されたみたいだ。

「・・・何?」

 夢の中とは違ってかすれた弱々しい声でアタシは答えた。
 どこから持ってきたのか、さびのついたパイプ椅子に腰掛けてシンジは頭を抱えた。銅像の「考える人」みたいに。
 あれは地獄を覗き込んでいるんだ、と誰かが教えてくれたことがある。
 シンジは今何を見ているんだろう。

「僕はもうダメだ・・」

「・・ダメ?」

「今までたくさんの人を傷つけた。アスカにひどいこともしたし、大事な人も殺してしまった。でもミサトさんはエヴァに乗れって言った。もう嫌だ。でも逃げる場所が僕にはない・・・」

 だからアタシに逃げたのね。そう思うとすごく冷たい気持ちになった。

「ねえアスカ。僕はどうしたらいいの?」

 そんなのアタシに訊いてどうするつもりなんだろう。だからシンジは嫌だって言ったのに。

「アスカ・・僕を助けて」

 救ってほしいのはアタシの方だ。

「何とか言ってよアスカ!」

 顔を上げたシンジは何にでもすがろうとするズルイ表情をしていて、アタシはさらにいらいらする。

「アタシにそんなこと言ってどうするつもりなの?」

 いらいらを言葉にまとめたらそう言えた。

「アスカじゃなきゃダメなんだ」

「嘘ね」

「嘘じゃない」

「アンタには・・・ミサトもファーストもいる。エヴァにも乗ってる。今さら何なの?」

「違うんだ!そんなんじゃないんだ!僕には何もないんだ!!」

 アタシは無言でナースコールのボタンを押す。これ以上シンジといたらどうにかなってしまいそうだから。
 すぐに黒服の人たちが来て、シンジを連れて行ってくれた。

「アスカ!ねぇ!アスカ!!」

 廊下に響くシンジの声がむかついて耳をふさぐ。
 今日は嫌な一日だったな。そう思った。



 アタシの勘は良く当たる。
 何かありそうだ。そう思ったら本当に何か起こる。
 また夢を見た。アタシは一体どれくらい眠っているのだろうと呆れてしまった。
 その夢には少年もいた。シンジの友人だと言ったあの少年だ。
 でも、実際、こんな知り合いはいないと思う。シンジの友人は、同時にアタシの知り合いでもあるから。

「もう会いたくないのに、何でアンタがここにいんのよ」

「僕も知りたいね」

 ここは第三新東京市が一望できる丘だ。アタシの日本でのデビュー戦の時、特訓の段階で一度ファーストに負けて、傷つけられたプライドは10倍にして返してやる、なんてセリフを吐いた場所でもある。嫌な思い出だ。

「ほら、さっさと歩きなさいよ!」

 声に驚いて振り返る。
 後ろの道を、アタシとシンジが歩いていた。アタシはシンジの一歩先を、シンジは荷物を山ほど抱えてのろのろ歩いている。

「そんなこと言ったって・・・」

「何言ってんのよ!アンタそれでも男!?」

「あのねぇ・・」

 この後アタシがどうするかはもちろん知っている。
 しょうがないわね、なんて言いながら一番軽い袋を持って・・・

「ほら、これで軽くなったでしょ?」

 やっぱり。

「これ、全部アスカのなんだからもっと持ってよ・・」

「嫌。なんのために一緒に買い物いったと思ってんのよっ」

「もー・・・人使いが荒いんだから・・」

「何か言った?」

「う・・何でもないです・・」

 それから普段の倍の時間をかけて家まで帰った。シンジが夕飯の買い物が出来なかったから、その日はコンビニ弁当で済ませた。
 あれはアタシがまだ日本に来てすぐのことだ。

「楽しそうだね」

「楽しかったわよ」

「君もシンジ君も、ああやって笑いあったのは一度や二度じゃないんだろう?」

「・・・」

 そう。一度や二度じゃきかない。でもそんなこと忘れてた。
 ミサトの昇進パーティもやったし、温泉にも行った。細かいことをあげるときりがない。
 日本の生活は楽しかった。
 いつから、それが辛くなったんだろう。

「君たちはああやって楽しく笑うことも出来る。それは今からだって遅くはないさ。ありのままの自分を受け入れて、ありのままの相手を受け入れればね」

「・・・軽く言ってくれるじゃない」

「今まで出来たんだ。だからこれからも出来るさ」

「すぐは無理よ。ずっと無理かもしれない」

「でも変わろうと思えば変わることが出来る。それが人間なんじゃないのかい?」

 なんだ、じゃなく、なんじゃないのかい?
 その言い方がなんとなく引っかかって少年を見上げると、今まで見た中で一番綺麗な笑顔がそこにあった。
 顔が赤くなったかもしれない。今が夕方でよかったと思った。
 照れ隠しに別の話題をぶつけてみた。

「そういえば、名前、言ってなかったわね」

「僕は知っているよ。惣流・アスカ・ラングレーさん?」

「何で知ってるのよ」

「さぁ、何でかな」

「アンタは?」

「僕はカヲル。渚カヲル。最後のシ者さ」

「最後のシ者?」

「どうとらえるかは君次第だけどね」

「そう」

 アタシは短く答えると、少年―カヲルはまた笑った。



「アスカ!起きてよ、ねぇ!」

 肩を揺さぶられて目を覚ます。
 泣きそうな顔のシンジがそこにいた。さっきの・・・夢の中のシンジとは別人みたいに見える。

「アスカ・・・」

「・・・何よ」

「・・ぐずっ・・アスカ・・・」

 シンジはバカみたいにアタシの名前を連呼しつづけた。そんなにアタシを求めてどうしたいのかしら。

「ねぇアスカ・・ずっと一緒にいてよ・・・・ねぇ」

 何でアタシがアンタなんかと!そう言うことも出来る。でも、さっきの夢のせいか、そう言いたくなかった。
 カヲルはアタシ達は似ていると言った。確かにそうかもしれない。自分にはもう何もないと思い込んで、そばにいる人に助けを求めてる。
 これって結構サイテーね。結局逃げてるだけだもの。
 ねぇ、カヲル?アタシ達は変われるのかな。また、前みたいな関係になれるのかな・・・今、一緒にいれば。

「シンジ」

「何?」

「自分には何もないって思うのは簡単で、でも本当に自分の全てを捨てるのは難しいんだって」

「・・うん」

「誰も傍にいないと思ってても、周りはそうじゃないかもしれないんだって」

「・・・うん」

「でもありのままの自分を受け入れないとダメなんだって」

「・・今の僕を?」

「そう。それで、誰かにいて欲しいと思うんだったらその人のこともありのまま受け入れないとダメなんだって」

「ありのまま・・・今のまま、ってこと・・?」

「多分。それで、今の自分から変わろうと努力すれば・・・そしたら、アタシ、またアンタと一緒にいられるかもしれない」

 カヲルが言っていたことをそのまま伝えて、最後に自分の気持ちをそのまま言った。淡々と、ゆっくり語り聞かせるように。
 シンジは泣くのをやめて何かを考えていた。

「ねぇ、アスカ」

 しばらく黙り込んでからシンジは口を開いた。

「アスカは・・・許してくれるの?僕が、してしまったことを」

 シンジがアタシにしたこと・・・。
 さっきまではそんなこと考えてなかった。許せると思ってなかった。
 でも、ここから変わらなきゃいけないのかな・・・。
 アタシは一息ついてこう答えた。

「許すのは・・まだできないわ。でも、忘れといてあげることならできる。忘れて、思い出にして、何年か経った後なら、笑い飛ばしてあげられる・・・と思う」

「アスカ・・・」

「でも、シンジも自分を受け入れて、変わろうと思わないといけないのよ。分かる?」

「・・・自信なんてないけど、多分・・」

「そう。ならそうしてあげるわ」

 夢の中ではあんなに怒鳴ったりしてたのに、今は顔の筋肉がこわばってて微笑むのも精一杯。でも、シンジもそれらしいものを返してくれたから、多分成功したんだと思う。

「アスカ・・ありがとう」

 アタシはまた微笑を返した。



 それからシンジは毎日病室に来るようになった。学校はもうなくなって、ヒカリや相田や鈴原は疎開してしまったらしい。
 シンジが来てくれることでアタシは日付や時間がわかるようになった。二人で空を眺めながらちょっとだけ昔に戻れたような気がしていた。

「シンジ」

「何?」

「カヲルって知り合い、いる?」

 ある時、何気ない調子でアタシはシンジに尋ねてみた。カヲルはあの夢以来、一度も登場しない。

「・・・カヲル君を知ってるの?」

「夢に出てきたの。シンジの友人だって言ってた」

「そう・・なんだ」

 訊くだけ野暮かとは思う。あれはアタシの拙い想像力が作り出した産物だから。
 でもシンジはぽつりと言った。

「僕が殺したんだ」

「・・何、言ってるの?」

「カヲル君は・・・使徒だったんだ。いい友達になれると思ってた。でも使徒だった。だから殺した。だってそうしなきゃ・・・そうしなきゃいけなかったんだ」

『大事な人を殺してしまった』

 最後の夢を見る前にシンジはそう言った。
 まさか、それがカヲル?
 使徒って・・・どういうこと?

「僕に好きだっていってくれた。でも殺すしかなかったんだ!使徒だったから・・・だから・・」

「だから殺したの?」

「・・・だって・・」

 それでシンジは何もないなんて言ったのね。友達になれると思っていた人を殺してしまったから。だからエヴァには乗りたくない、乗れない。
 だから何もない。
 それでアタシのことを思い出したんだろう。一足先に全部失って壊れてしまったアタシを。
 何もない同士、一緒にいればいいと思ったんだろう。安直すぎるわ。
 でも、カヲルに簡単に丸め込まれてしまったアタシも結構単純なのかもしれない。シンジのせいで全部なくしたのに、それを忘れてあげる・・・なんて。
 自分に反吐がでそうだ。

「じゃあ、アタシはカヲルの代わりなの?」

「・・違う」

「・・カヲルがいたら、アタシのところに来た?」

「・・・」

 その沈黙が全てを物語ってる気がした。
 カヲル、ごめん。アタシ、やっぱり変われないわ。

「シンジ」

「な、何?」

「今日はなんだか疲れちゃった・・・だから」

「あ、うん」

「・・・もう2度とこないで」

「・・・ゴメン」

 こんな時まで謝ってる。シンジはやっぱりバカだ。
 もう、許そうなんて思わない。そう自分に誓った。



 それからシンジは1度も病室に来なかった。当たり前か、アタシが自分でそう言ったんだもの。
 おかげで日にちの感覚をまた忘れてしまった。空を見るのもやめてしまった。
 シンジを許さない。そう思ったのに、アタシ以外誰もいない病室は寂しい。置きっぱなしになっている古びたパイプ椅子が寂しさを広げている。
 やっぱり変わればよかったのかな。アタシは代わりたかったのかな・・・もうよく分からない。
 最近はずっと頭がぼんやりしてる気がする。薬が変わったせいだと思う。おかげでアタシは一日眠っている。カヲルはもう夢には出てこないけど。
 カヲルは一体何がしたかったんだろう。そう考えてバカバカしくなった。
 あれは夢だ。アタシの夢。
 それとも、カヲルがみせていた幻?
 そう考えれば、そしてそれにカヲルが使徒だということを加えたら納得できる。
 なんというか、使徒ならアタシに幻を見せて、その中で自分勝手な説教をするくらいワケないような気がするから。
 なら改めて訊いてみよう。

「カヲル・・アンタは何がしたかったの?」

 ばたばたと看護婦が走る音が、さっきから部屋の外で響いている。遠くでは・・・警報かしら。
 だまって寝ていると、アタシの部屋に看護婦が何人も入ってきた。横になったままのアタシの服を着替えさせている。これは・・・プラグスーツ?また、乗せられるの?あのエヴァに。もう動かないのに。
 ストレッチャーに乗せられて移動させられる間、ゲイジとかエントリープラグとかいう単語が飛び交っていたから、アタシはこのままネルフに連れて行かれるんだろう。
 ただ真っ白に続く天井をぼんやり眺めながら、シンジとあのまま一緒にいられたら良かったのに、と思った。

『・・・もう2度と来ないで』

 静かにそう言った自分の声を思い出した。
 でもアタシには耐えられなかった。カヲルの代わりの存在だなんて嫌。アタシはアタシ。誰かの代わりにはなりたくない。
 独りは嫌だ、せっかくそう思えたのに・・・。
 もうダメ。頭がこんがらがってる。何も考えたくない。
 ただ分かるのは、カヲルがいなければ、一時だけの安らぎを得ることもできなかっただろうし、シンジを静かに拒絶することもなかっただろうということだけ。
 結局、何も変わらなかったのね。
 天井がやけに高くなって、それでアタシはゲイジについたんだと分かった。ドーン、ドーンとどこかで何かの音が響いている。なんとなく、これで全部終わりだと思った。
 アタシの勘は良く当たる。
 きっと、この先には、痛み以外、何もない。



モドル