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written by sonora



気づけば16時を回っていた。今日は17時からバイトだからそろそろ仕度をしなければならない。
アタシは、クローゼットの脇に適当にたたんでおいたジーパンとTシャツを出した。バイト用、と決めているいつもの格好だ。

「いちいちバイト用って決めてるの?」

「普段着着てって汚れたりしたら嫌だから」

いつかそんな話をシンジにしたら、彼は、僕だったら別に気は使わないけどな、と1人ごちていた。
14歳のとき、もう一生体験しないような出来事があってから6年。あの時あっけなく離れてしまったシンジとは、面白いくらいあっけなく再会した。人ごみでごったがえしていた駅のホームで。

「あ、やっぱり」

うんざりするような人ごみの中、肩を叩かれ振り向けばそこにシンジがいた。あの頃よりもずいぶん背が高くなっていたけど、どこかおどおどした瞳はあの頃と同じだった。

「アスカじゃないかって思ったんだ。髪の色でね」

そこまで微笑んでいたシンジは、ふと表情を曇らせ、僕のこと分かる? とアタシに尋ねた。
会話の順序が逆じゃない、と思ったけど、その話し方もあの頃と同じで妙に安心したアタシがいた。

「シンジでしょ?」

「あ、良かった。分かってくれたんだ」

「忘れないわよ、アンタのことは」

「そっか」

彼と再会することはないと思っていた。もし再会しても、アタシには話すべきことなんてないと思っていた。そもそも、アタシは彼を許すつもりもなかったし、居場所を探して謝らせようなんて思ったこともなかった。
アタシとシンジは、もはや関係ない人間だと思っていた。

「何してるの? こんなところで」

「学校の帰りよ。アンタは?」

「僕も・・・ほら」

シンジは脇に抱えていたビニールケースをアタシに見せた。黒いつるつるしたバックの表面に大学名が入っている。

「ホントは、第二東大志望だったんだけどね・・・私立しか受からなかったんだ」

と、シンジは照れたように笑った。

「そうなの」

「アスカは?」

「第二東大」

「そっか、やっぱり頭いいや」

そこで沈黙が訪れた。
あっけなさすぎて忘れていたけど、目の前にいるのはあのシンジなのだ。アタシを助けてくれるどころか殺そうとまでした、あのシンジ。
でも彼はそれをおくびにも出さず、久しぶりにあった仲間のような接し方をしてきた。アタシはその事実に困惑していた。

「元気?」

「それなりにね」

「そっか」

「アンタは?」

「僕もそれなりだよ」

とってつけたような会話がはずむはずもなく、アタシはまた黙り込んだ。
何を話していいかなんて分からなかった。

「あ」

「何?」

「ゴメン、そろそろ行くよ。今日はこれから友達と約束があるんだ」

「そう」

「じゃあ」

「シンジ」

「え、何?」

このままじゃいけない、そういう気持ちがどこかに引っかかっていた。でもそれがどうしてなのか分からず、アタシはもどかしい思いを飲み込んだ。

「ううん、何でもないわ」

「そう・・・じゃあね」

「えぇ」

アタシが頷いたのを確認してから、シンジは階段を颯爽と駆け上がっていって、そして人ごみにまぎれて見えなくなった。
アタシたちの関係が復活したのは、この後すぐだった。もっとも、今みたいな気楽な関係になるには多少の時間を要したけど。
あるときはアタシの大学の正門前で、あるときは駅のホームで、あるときはコンパの帰りに、偶然とも必然とも言い切れない再会を繰り返して、アタシとシンジは現在に至っている。
16時半。そろそろ家を出ようと思ったとき、ケータイがブルブルと震えた。メールの着信を示すオレンジのランプが点っている。サブスクリーンに表示された名前は『碇シンジ』。

『明日だけど、何時にする?』

明日は2人で飲みにいく約束をしている。シンジの大学の近くにちょっと洒落たバーがあるらしく、雰囲気もいいから行こうよ、とシンジから言ってきたのだ。
バイト用にしているボロボロのスニーカーを履きながらメールを返す。メールはまどろっこしくて好きじゃないけど、電話するほどの時間はない。

『18時に大学近くの駅の改札前でどう?』

それだけ打つと家を出て、目の前に止めてある自転車に飛び乗った。ボディは赤、わりとお洒落なつくりだけど、風雨にさらしっぱなしだからかところどころ錆が目立つ。今度ちゃんと手入れしないとね・・・風を切って走っている最中にそんなことを考えた。




次の日、アタシは駅の改札前にいた。
あの後、シンジからは返信がなかったから、多分彼はここに来るだろう。
平日の夕方ってこともあって、駅は人で溢れかえっている。18時5分。シンジは現れない。電話してみようとも思ったけど、なんとなく嫌になってやめた。
スーツをきちんと着たサラリーマンや、制服を適度に着崩している高校生。体中を流行の最先端で飾り立てた人がいたかと思えば、その真逆の人がこちらへ歩いてきたりする。いろんな人が行き来することくらい分かってるけど、改めて考えるとなんだか不思議な感じがした。
シンジが現れたのは、めまぐるしく動いていく周りの人々の動きに若干酔ってきたころだった。

「ゴメン!」

体の前で両手を合わせてゴメンのポーズ。18時12分。アタシの知ってるシンジは時間にはきっちりしたヤツだったから、何だか意外な気がした。

「待ったよね?」

「あったり前でしょ。今何時だと思ってるわけ?」

「うん、ゴメン」

淡い水色のタンクトップの上に、紺色のタンクトップを重ねて、白いショルダーを合わせている。下はすこしゆったりめのジーンズで、靴は星条旗の柄のスニーカー。
上から下までじっくり眺めていたら、先にシンジが言った。

「アスカと出かけるんだからね、これくらいしないとダメだろ?」

「これなら確かに上出来ね」

「そっか、ありがとう。んじゃあ行こうか」

「えぇ」

改札を離れて右に折れる。大学があることもあってか、居酒屋の看板がやけに多い気がする。その間を縫うようにしてコーヒーショップやらお弁当屋さんやら本屋さんが立ち並んでいる。学生らしきグループも歩いていて、全体的に活気に溢れているような気がした。

「シンジは行ったことあるんでしょ?」

交差点の信号待ちをしているところでアタシは言った。

「ん? あぁ、これから行くところ? まぁ、友達と何回かは」

「でもバーなんでしょ? 高いんじゃないの?」

「大丈夫だよ。なんていうんだろ、学生向けのバーって感じ、かなぁ」

「ふーん」

信号が青になり、アタシたちは再び歩き出した。交差点をまっすぐ進んでいく。

「まだ歩くの?」

「いや、ここを曲がればすぐだから」

シンジに言われたとおりわき道へ逸れると、そこにそのバーはあった。名前は『セブンスヘブン』だ。
古めかしい作りの重いドアを開けて中へ入る。カウンター席が8席に、テーブル席が3つの小さなお店だ。一番奥のテーブル席では4人組の女の子達が話に花を咲かせている。

「カウンターでいい?」

「どこでもいいわ」

シンジは頷くとカウンターに腰掛けた。アタシもその右隣に腰掛ける。
カウンターの中には2人のバーテンダーがいたけど、特にアタシたちに話しかけてくるようなことはしなかった。

「どれにする?」

シンジが見せたメニューには、いろんなカクテルの名前がベースごとにまとめて書かれていた。カクテルの種類があるわりには、シンジの言うとおり値段はそれほどでもなかった。

「じゃあジントニック」

「食べ物は?」

「シーザーサラダとフライドポテトとペペロンチーノ」

「了解」

シンジは短く答えると、てきぱきと注文してくれた。
少なくともアタシの知っているシンジはそんなことはしなかった。どうしようかぁ、なんてぶつくさ言いながら1つ決めるにも時間が掛かって・・・・。
そこでアタシは思いなおした。あれから6年経って、シンジは変わったんだ。何一つ変わらない人間なんてどこにもいないんだから、と。

「アスカ、来たよ」

「あ、うん」

「じゃ、乾杯」

「乾杯」

合わせたグラスがコツンと小さな音を立てた。

「シンジ、何頼んだの?」

「ハイボール」

「何それ?」

「ウイスキーのソーダ割りってとこかな」

「アンタお酒強かったんだ」

「別に強くないよ・・・でもこういうの結構好きなんだ」

「ふーん。じゃあ1杯目はいつもそれ?」

「うーん・・・特に決めてないけど、もしこれがあったらこれにするかな」

「友達と?」

「うん、そう、友達と」

シンジはそう言ってグラスに口を付けた。友達か・・・なんとなくやるせない気分になってアタシもグラスに口をつけた。
彼の右手の薬指にはまっている指輪が店内の照明を反射させ、鈍く光っている。
いくらアタシでも、そこにはまっている指輪にどんな意味があるか、くらいは知っている。友達、というのは多分、この指輪をペアで持っている誰かなんだろう。そう考えると、何故か胸の辺りが痛くなった。

「大学で何やってるの?」

「未来への町おこし」

「何よそれ」

「分かんないよね、僕も良く分かんない」

「アンタねぇ・・・」

「アスカは何やってるのさ?」

「解析学」

「何それ?」

「説明しようとすると丸々一晩は掛かるけど、聞く?」

「・・・いや、遠慮するよ」

「そうよね、アンタの頭じゃ絶対分からないもの」

「何だよそれ、僕だって頑張ったんだよ?」

「はいはい、良かったわねー」

「・・もう、アスカはやっぱりアスカなんだな」

「何それ」

「変わってないなって、思ってさ」

アタシではなく、ピカピカに磨かれてある黒いテーブルを見つめてシンジはそんなことを言った。
アタシが、変わってない?
自分ではそんなことはないと思う。あれからアタシはいろいろなものを失った。今じゃ強気な態度に出られるほどの自信も持っちゃいない。

「そうかしら? アタシだって変わったわよ」

「うん、それも分かる。あの頃から可愛かったけど今は綺麗って感じだし、大人っぽくなったしね。だけど、アスカはやっぱりアスカだよ」

「そんなこと言ったら、アンタはいつまでたってもバカシンジよ。ちょっとカッコよくなったくらいであとは何も変わってないわ」

「だと思う」

シンジは黙った。そしてアタシも何も言わなかった。なんとなく重たい、色を付けるとするなら濃いグレーのような空気が2人の間に漂いだす。
なんとなくアタシの聞きたくない言葉が出てきそうな気がした。

「あのさアスカ」

シンジの口調が重たいものに変わったところで、アタシは先に防衛線を張った。

「あの頃の話をするつもりならやめて。思い出したくないの」

「でも、僕には言わなきゃいけないことが」

「聞きたくない」

「でも言わなきゃ僕の気がすまない」

「とにかくやめて。今は嫌なのよ!」

周りの視線がアタシに集中しているのが分かった。奥のテーブル席の女の子達が一斉にこっちを振り向いている。

「ゴメン」

謝ったのはアタシじゃなくてシンジだった。

「え?」

「うん、分かってたんだ。こういうところで言うべきことじゃないって」

「・・・」

「ゴメン・・・ここ、出る?」

辺りに立ち込めた気まずい雰囲気を察したシンジがそう尋ねたけど、アタシは首を横に振った。

「いいの、アタシも悪かったわ。でもだからってここを出なきゃいけないってことにはならないわよね?」

「じゃあ・・・2杯目、いく?」

「もちろん」

アタシはメニューに目を走らせ、次のカクテルを選ぶことにした。




結局あの後2人で、サラダ2皿、フライとパスタとピザを1皿ずつ、それにグラスを8つ消費した。あの気まずい雰囲気を崩そうとした結果だ。
21時を回ってお店が混んできた頃、アタシたちはようやくそこを出た。空は当たり前のように真っ暗で、下弦の月とけばけばしいネオンがアタシたちを照らしている。

「そろそろ帰る?」

「そうね」

アタシたちは微妙な距離を保ったまま、ここへ来たときと逆の道順で駅まで帰った。アルコールで火照った体を、夜の涼しい空気が冷やしてくれた。

「シンジは、家はこの辺よね?」

「うん、アスカも大学の近くだろ?」

「そうよ。それが一番便利だもん」

「だよね」

駅の改札は夕方の混雑が嘘のように空いていた。

「また連絡していいかな?」

「アタシはいいけど」

「じゃあまたそのうち。今日は・・・その、ゴメン」

「いいんだってば。いつまでもぐじぐじしてるところは変わらないわね、ホント」

「そうかもね。ゴメン」

「バカ。いいって言ってるじゃないの」

「うん・・・じゃあね。気をつけて」

「アンタもね。じゃ、また」

そう言って改札を潜り抜け、もう1度振り返るとシンジはまだそこにいた。
なんとなくやってみたくなって小さく手を振ると、シンジも同じように小さく手を振っていた。




家につくと22時を回っていた。とりあえずパソコンを立ち上げてメールのチェックをする。重要なメールなんてほとんど来ないけど、これだけは毎日欠かせない日課になっている。
ふと見ると、今一番見たくないメールが来ていることに気づいた。

『定期健康診断及びシンクロテストについて』

はぁ、と大きなため息が漏れた。
よりにもよってこんな時に・・・と思う。

「テストなんてやったって無駄なだけなのに」

日時を見ると来週の日曜になっていることが分かった。せっかくの休日が健康診断とテストで潰れてしまうことにうんざりした。元々慣れっこではあるけど。
ふと、シンジも同じことをやっているのかどうか気になった。だけどあんなことを言ってしまった手前、あの頃に繋がる話をアタシから持ち出すのも気が引ける。
はぁ・・・アタシはもう1度ため息をついてパソコンのモニターを睨んだ。




汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット、セカンドチルドレン。それが、14歳までのアタシについていた肩書きだ。長すぎて舌を噛みそうだけど、14歳まではそれを何よりも誇りにしていた。
そして今は、その肩書きの前に『元』がつく。余計長くなったけど要するにあの肩書きには何の意味もなくなった、ということだ。

「はぁ」

電車に揺られながらアタシはため息をついた。定期健康診断とシンクロテストが行われる松代まではまだ大分時間がかかる。
車内は適度に混んでいる。空いていた座席に座れてラッキーだと思った。
窓の外を見ているうちに、ふと、あの長ったらしい肩書きを得たときのことを思い出した。
あの頃のアタシは、孤独だった。

誰も傍にいてくれなかった。
まだたったの5歳で、あそこに放り込まれたアタシなのに。

選ばれたから。
みんなが優しくしてくれるから。

それは確かに真実だった。
でもそれは昼間だけ。あの施設にいる間だけ。しかも、そこで与えられる言葉は『惣流・アスカ・ラングレー』を心配する言葉ではなくて、『エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット』を心配する言葉。
だれもアタシを見てくれなかった。パパだって構ってくれなかった。抱きしめてもくれなかった。

「だからアタシを見て!」

そう一言呟いて、泣いて喚いたら何か違ったかもしれない。
もしかしたら、1人くらいは『大丈夫よ』と微笑んで優しく抱きしめてくれたかもしれない。
でもアタシはできなかった。
ママが死んだとき、もう泣かないと決めたから。
人形に向かって優しく語りかけるママの横で泣いてみたって、ママは何もしてくれなかった。人形をアタシだと思っていたママには、本当のアタシなんて空気以下の存在、名前を持たない『あそこにいるお姉ちゃん』だったから。
だから泣くのはやめた。
泣いても何も変わらない、と諦めていた。

子どもには広すぎる部屋の、子どもには不釣合いなベッドの中。それが唯一、アタシがアタシでいられる場所だった。
ベッドの向こうには大きな窓があって、そこからは夜空が見えた。
ドイツにいたころの思い出で一番鮮明に思い出せるのは、あの夜空だ。四角く区切られたアタシだけの空。そこから見えるのはたくさんの星と、いろいろな表情を見せる月。
夜、どうしても涙が溢れてくるときにはその空を眺めて、数え切れない星達を1つずつ数えて長い夜を過ごした。

泣いても何も変わらない。
だったら、常に1番でいればいいのかもしれない。

学校に通うようになったアタシは、そう考えることにした。
1番でいられれば注目もされるし、先生にもネルフの人にも褒めてもらえる。

「すごいわね、アスカちゃん」

その一言がアタシを救ってくれるんじゃないか、アタシはそう思った。
だから必死になって勉強した。ネルフでは訓練に励んだ。読みたくもない本を読み漁って、やりたくもない戦闘訓練を笑顔で乗り切ろうとした。
1番になる。
アタシの興味をひくことは、それだけになった。
学校で友達をつくろうとは思えなかった。同い年の子ども達は、アタシから見れば精神年齢の低いただの子どもで、そんなやつらと一緒にはしゃぎまわることに意義なんて見出せなかったから。
でも、たった1人だけアタシが心を許せる女の子がいた。周りの子達から1歩ひいていて、周りの子達のように表と裏の顔を使い分けたりしなかった。

「アスカはすごい子ね」

いつもそう言って笑ってくれた。
彼女は初めての友達だった。あの子の前だけだったら、アタシも素直に笑うことができた。

「ねぇアスカ、お菓子屋さんに行かない?」

ある日の放課後、彼女はアタシにそう言った。

「お菓子屋さん?」

「そう。行かない?」

「うん、行く」

彼女は学校から少し離れた小さなお菓子屋さんに連れて行ってくれた。
所狭しと並べられた透明のケースの中には、色とりどりのキャンディーやグミが入っていた。

「わぁ、きれい」

「うん、そうね」

悩みに悩んで、アタシは小さなクマを象ったグミを、彼女は赤とオレンジのキャンディーを買った。そして2人で並んで歩きながらゆっくり食べた。クマのグミはおいしくて、なくなってしまうのが名残惜しかった。
お菓子を食べ終わってしまうと、今度はアタシから彼女に言った。

「この先、何があるか知ってる?」

「博物館でしょ?」

「じゃあその先は?」

「んー・・・わかんない」

「なら、行ってみない?」

「うん! 行こ!」

そう言って歩き出したアタシも、その先に何があるかは分からなかった。ただ2人で知らない道を探検する、その行為が純粋に楽しかったことは覚えている。何か目新しいものを発見することは、結局できなかったけど。

そういう遊びをしたのは彼女が最初で、同時に最後だった。
もしアタシがあそこで、1番に拘ることをやめていればあの子とずっと一緒にいられたかもしれない。でもアタシはできなかった。できなかったから、あの子と一緒にいられなくなってしまった。
小学校で成績がよければ飛び級が認められる。そこでも成績がよければ中学、高校、そして大学へと進むことができる。アタシはそうして、あの子との縁を切ってしまった。13歳で大学を卒業したことと引き換えに、アタシはたった1つの友情をなくしたのだった。

答えなんて誰も知らない。
だけどアタシはいつしかこう呟くようになっていた。

「アタシはどうしたらいいの?」

それまでその問いに答えてくれる人はいなかった。

「アスカのしたいようにするのが、一番いいと思うがな」

初めて問いに答えてくれたのは、他でもない加持さんだった。
ドイツでのアタシの保護者。『エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット』の面倒を見るための係。
でも加持さんは、その分を超えてアタシに接してくれた。ショッピングにも付き合ってくれたし、ときどきご飯をご馳走してくれた。加持さんがいなかったら、アタシはもっと殻にこもった人間になっていたと思う。

「ま、したいようにって言っても、実際には難しいか・・・」

苦笑いで、頭に手を当ててそう言った加持さん。
何故かその仕草が、アタシにはカッコいいと思えたのだ。

「無理は禁物だぞ。そんなことしても、いいことなんて1つもないさ」

アタシの心には、そういった言葉の1つ1つがとても優しく響いたのだ。
ふと気づくと、アタシは加持さんのことが好きになっていた。
あんなに人を好きになったのは初めてだった。

「ねーねー、加持さん」

「うん? どうかしたか?」

「加持さんって、好きな人いるの?」

「ははは、おいおい、どうしたんだいきなり?」

「いいから答えてよ」

そう言ったとき、アタシは密かに『アスカのことが好きだ』と言われることを期待していた。

「そうだな・・・好きな人をあげるより、嫌いな人をあげるほうが難しいくらいだ」

「どういうこと?」

「みんな好きだってことさ」

「じゃあアタシも?」

「そう、そうなるな」

加持さんはそう言って、アタシの頭をくしゃりと撫でた。
本格的に加持さんのことを目で追うようになったのは、あの瞬間からだ。
どんな意味合いにせよ、加持さんはアタシの期待を裏切らなかったから。
いつかアタシの気持ちが伝わる日がくる、そういう希望を抱かせたから。

そして今、アタシは日本にいる。ここにきた目的は、『エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット』として、敵である使徒を倒すことだった。5歳の頃から受けてきた訓練の成果を、ようやく発揮できる場にアタシはやってきた。
アタシはここで名実共にエースになるはずだった。ファーストチルドレンはシンクロ率も戦歴もぱっとしなかったし、サードチルドレンなんてぽっとでの新人みたいなもの。ずっと訓練を受けてきたアタシの敵じゃないと思っていた。
その思いが揺らぎ始めたのが、サードチルドレン―シンジにシンクロ率を抜かれたとき、それに加持さんの想い人が、日本での保護者であるミサトだと分かったとき。
でもまだその時点では揺らいでいるだけで、考えようによってはどうにでもできるような状態だった。アタシが醜く1番に縋りつかないで、現実を受け止めてそこから上がろうと考えることができたら、あるいはこんなに酷い状態になることもなかっただろう。

アタシはそれすらできなかった。
使徒の精神汚染と加持さんの死。
アタシはそうして、がらがらと音をたてて崩れた。

そして世界もまた、全て崩れ落ちてしまった。

ガコン、と電車が止まったことで我にかえる。
今の駅と目的地までの駅の間を数えると、松代まではあと少しだということが分かった。
これで最後になればいいな、そんなことを考えた。



モドル