
ゆったりとした雰囲気の店内に、スローテンポの洋楽が流れる。
ウェイターが食器をさげ、コーヒーを置いて立ち去った後、一息ついてから僕は切り出した。
向かいの席に座って頭を掻いているトウジ。
その隣でカップを両手で持ったままこちらを凝視する、彼の奥さんである『元』洞木さん。
横目でこちらの様子を伺うようにしてカップを傾けているケンスケ。
もしかして聞こえなかったのかと不安になった頃、少し苦笑しながら彼らは顔を見合わせた。
今まででも十分『夫婦』だったじゃないか、とかなんとか言いながら。
かなり真剣に言ったつもりだったのだが、本気にされたのかされていないのかよく解らない反応を返されて拍子抜けしてしまう。
追い詰められないと動けないという自分の性格は把握しているつもりだ。
だから、僕は長い付き合いの彼らの前で宣言する事にしたのだけれども。
「あの、本気なんだけど――」
「解ってるよ。お前が冗談でそんな事言うなんて俺達も思ってないさ」
慌てる僕を制するように、ケンスケがカップを置きながら言葉を遮る。
見ると、トウジは何やら嬉しそうに笑顔を浮かべ、洞木さんもにっこりと微笑んでいた。
「センセとあいつの事や、またなんかオチがつきそうやなぁ…。笑えんオチなら報告はいらん、玉砕して来――」
「馬鹿っ! 縁起でもない事言うんじゃないの!
えーと…あのね、碇君。変な捻りなんていらないからね? アスカも待ってる筈だから頑張って!」
「…あ痛たた…すまんの、やかましゅうて。アイタっ! い、いや、とにかく頑張れや」
途中で隣から耳を引っ張られて黙らされたトウジを押しのけるようにして洞木さんが身を乗り出しながら言ってくる。
完全に尻に敷かれているトウジがおかしくて、二人の様子が微笑ましくて思わず笑顔が零れた。
僕の肩を叩きながら言ってきたケンスケに大きく頷き、僕はレシートを持って席を立った。
それを見て慌てる洞木さんを制して、三人に向き直る。
僕らが住むマンションの近く、赤信号に車を止める。
バックミラーを見て、ガードの人がついてきている事をなんとはなしに確認した後に窓からマンションを見上げる。
日が暮れだしているけれど、部屋の明かりはまだついていない。
彼女はまだ帰っていないらしい。
初めて会ってから八年。
『恋人』と呼ばれるような関係になってから五年。
色々あった。
ありすぎたというくらいに。
こういった話になった時、正直なところ僕の事を彼女に受け入れてもらえるのか自信がない。
彼女の事を信じていないとかどうとかという話ではなく、僕自身の問題なんだけれど。
駐車場に入り、車を降りてエレベータへ向かったところで、エントランス前に高級車が停まる。
運転手らしき人が回りこんできてドアを開ける。
飴色の髪を揺らしながら降りてくる私服姿の女性。
その場で車を振り返り、中から顔を出す男性に声をかける。
「わざわざ送って頂いて有難うございました」
「いえ、当然のことですよ。…改めて、いかがですか? 今度一緒にお食事でも」
「申し訳ありません。何度も申し上げましたように私は公務員にあたりますので、接待はお受けできないんです」
「いえ、ですから仕事ではなく、プライベートで――」
言いかけて、その人がこちらに気付いた。
僕が会釈すると、少し驚いた様子を見せた後に会釈を返してくる。
自分の知っている人でもあるし、それだけで済ませるのはまずいかと思い、そちらへ向う。
女性が振り返り、こちらを見て笑顔を浮かべた。
その様子を見、再び僕を見て、男性が少し眉を潜める。
まぁ、言いたいことはなんとなく解るけれど。
慌てたように笑顔に切り替えるその人に改めて僕は頭を下げた。
「こんにちは…というよりもうこんばんは、でしょうか?」
「この時間はどちらにするか迷いますよね」
笑顔で返しながらも、その人の口調に違和感が滲む。
ドアに手をかけたまま会釈してきた運転手の人も少し居心地が悪そうで。
軽く挨拶だけ交わしたらすぐに退場しようと心に決めながら、会釈を返す。
「碇二尉もこちらのお住まいだったんですね」
「はい、ここはネルフの――」
「ええ、一緒に住んでるんです」
僕の言葉に被せるようにというか、代わりに答えるように彼女が口を開いた。
僕の隣に立ちながら。
その人と僕と…運転手の人までもが驚いて彼女へ顔を向ける。
「ア、アスカ…何も言わなくても」
「いいじゃない。別に隠すような事でもないでしょ?」
何が嬉しいのか、勝ち誇ったように言う彼女に溜息を吐いて男性に向き直り、頭を下げる。
「申し訳ありません。お見苦しいところを」
「いえ、仲が宜しいようで羨ましい限りです」
僕の言葉にその人は運転手に目配せしながら、少し平坦な声で応えると、再びにこやかに微笑みながらアスカに向き直る。
「では惣流さん、今日はこの辺で失礼します」
「はい、送って頂いて有難うございました」
僕らが一歩下がるのを見計らってドアが閉じられ、やがて車が動き出す。
窓を開け、頭を下げてきた男性にこちらも頭を下げる。
通りを曲がっていくまで見送ってから深々と出る溜息。
と、同時に、彼女が隣で腕を振り上げた。
言いながら、車が消えていった方向へ中指を立てて突き出す。
もう一度溜息を吐き、彼女の手を押さえて下げさせながらマンションの入り口へと促す。
「アスカ…下品だよ」
「うっさい! あぁ〜っホンットにも〜、ムカツクわねぇっ!」
バッグを振り回しながらエントランスを抜け、エレベーターホールへと向う彼女の後をついて歩く。
家に入っても彼女の文句は収まることがなかった。
僕らは立場上、政治的、経済的著名人と顔を合わせる機会が多い。
多分これから先もそうだろう。
これが、僕の心の中にある不安というか心配というか…マイナス思考に直接結びついている。
先程の事を例にあげるまでもなく、彼女には僕よりよほど条件のいいであろう男性が声をかけてくるのだ。
正直言って僕が見劣りしてしまっているであろう事は想像に難くない。
余程満たされた、幸せな未来が彼女にはあるんじゃないかと何度も考えさせられた。
それでも、今この時、自分と一緒にいることが…既に彼女の貴重な時間を無駄に費やさせているんじゃないかと。
経済的、社会的な意味での安定よりも、それ以外の部分での安定を彼女が重視しているのは解っているけれど。
その想いは常についてまわっている。
脱衣所から下着姿のまま上半身を突き出して言ってくる彼女。
苦笑しながらそれを了承し、僕はキッチンへと向き直った。
昼間、トウジ達に宣言して、そのまま車を走らせながらどうやって切り出そうかと考えていた事が全て頭の中で萎んでいく。
一旦落ちてしまったモチベーションを盛り上げるのは中々うまくいかず。
僕がさっきの事を気にしているのに気付いたのだろう、彼女は食事の間もわざとらしく愚痴を零していた。
変に気を遣わせている自分が情けなくなり、益々言い出すことができない。
そのあと、今日トウジ達と会った事を話したり、リビングで一緒にレンタルショップから借りて来た映画を見たりして。
その途中で眠ってしまった彼女をベッドに運んでから…僕は一人、リビングで深く溜息を吐いた。
…そして翌日。
携帯電話に入っていた皆の心配と励ましのメールに気合を入れなおすも、またもや失敗。
…何故だろう。
何年も一緒にいるのに、いざという時に言葉が出ない。
喉に何か詰まってるみたいに。
肝心の言葉が出てこない。
かつての僕らは決定的に『言葉』が足りなくて関係が悪化していた事があった。
それを身に染みて解っている筈なのに。
そのくせ、他のどうでもいい話題ばかりがそういう時に限ってポンポンと出てくる。
やたらと饒舌なのを不審がられた挙句、柄にもなくギャグ飛ばして呆れられて…。
結局言い出す雰囲気じゃなくなって、それっきり。
…その翌日も、更に翌日も。
頭では言おう言おうと思ってるのに身体の方は朝から熱心に部屋の掃除をしている。
仕事から帰ってくればチェロ弄ったりレンタルショップに新作を借りに行っている。
また、逃げているのだろうか。
何かをしていないと落ち着かないというのは確かにある。
しかし、檻の中を行ったり来たりしている動物園のゴリラのようにただ動いているだけで、何の解決にも繋がっていないことばかり。
彼女と一緒にいる時、言おうと心に決めると、タイミング悪く彼女が喋り出したりして出鼻を挫かれたり。
失敗する日ばかりが続く。
『失敗って…まだスタートラインにも立ってないじゃない。断られた時に初めて『失敗』っていう言葉は使うのよ!』
『惣流の事だ、もう様子がおかしい事には気付かれてる可能性があるな。
っていうか、言おうとした瞬間は何度もあったんだろ? それを悉く潰されるなんて…まさか惣流の奴、わざとやってたりしないよな』
『相田君っ!』
『い、いや…ただの趣味の悪い想像だって。シンジ、本気にするなよ?』
『シンジっ! マタンキついとんのやろっ! 一発ドカーンといったらんかい!』
そんな友人達の手荒な応援に励まされながらも、一週間が過ぎた。
仕事が忙しいというのもあるけれど、流石に自分の情けなさに気が滅入る。
あれだけの啖呵を皆の前できっておいて、この有様。
自分を追い詰めて…などと考えていたのは甘かったとしか言いようがない。
ネルフの執務室で、もう何度思ったかしれない『今日こそは』という言葉と『その時』のシミュレーションを繰り返す。
それにしても、本当に毎回タイミングよくというか、悪くというか…。
僕がいざその言葉を口にしようとすると彼女は綺麗にそのタイミングを逸らしてくる。
ケンスケが言っていたように、わざとやっているんじゃないかと邪推してしまうほどに。
一旦そう考え出したら停まらない。
もしかしたら彼女はプロポーズされるのが嫌なのだろうか、という考えが頭の中に腰をおろす。
鬱々とした気分になってきたところで、唐突に肩を叩かれて飛び上がる。
振り向いた先に立つ、かつての僕らの保護者であり、現在の上官である女性。
「な、なんですか? ミ…副指令」
「あのね、また暫くアスカ貸して貰おうと思って」
公式な場で着る制服に身を包んでしっかりと化粧をしたミサトさんが、身を乗り出して僕の前の端末を弄る。
ディスプレイに映し出される監視カメラのものらしき映像。
何の事を言っているのかはすぐに解った。
ミサトさんと同じ制服に身を包んだアスカと先日彼女を送ってきた男性が談笑しながら歩いていたから。
「…まぁ仕事ですし」
「ゴメン! ここはお仕事として割り切って!」
「アスカがこの前かなり機嫌悪かったですから、程々にしてくださいね」
「解ってるんだけどね…流石に国連のお偉いさんとかってなってくると邪険にできなくて」
「国際問題とかにならないうちに、お願いしますよ」
「あははは…はぁ…アスカにこっそり青筋浮かんでるから、洒落になってないのよね…」
言いながら、呼びに来たらしい秘書官にすぐに行くと手を振る。
そう言って去っていく彼女を見送って、ディスプレイをもう一度見やる。
そこに映る、微笑ましい談笑をする二人。
ぱっと見た感じ、『お似合い』にしか見えない。
この人の事はアスカは嫌っているようだけれど、この先現れる人がそうとは限らない。
…また、先程までの鬱々としたものが込み上げてきて、カメラの映像を切る。
目を閉じる。
誰かにとられるとか、そんなんじゃない。
僕は、一緒に居たいんだ。
彼女の幸せを願うというのは確かだけど。
その傍に『僕が居たい』んだ。
洞木さんに言われた言葉が頭をよぎる。
そうだ、まだスタートラインに立ってすらいない。
僕はただ『そこに立つ資格を得ているだけ』なんだから。
少し晴れた胸の中に再び湧き上がってくる『今日こそは』という言葉。
そして彼女に伝えたい言葉。
気勢を殺がれたからってすぐに言葉を飲み込むなんて、そんな軽いものじゃない。
彼女の笑顔を心の中に思い浮かべながら、僕は今度こそ本当に決心した。
予告されたとおり夕食時間には帰ってきていた彼女は、案の定ご機嫌斜めだった。
食事をとりながら、またも愚痴を延々と零す彼女に苦笑し。
彼女はなにやら僕の様子が違う事に気付いたらしく、食事が終わるとさっさとバスルームに入ってしまった。
食器洗い機に皿を並べながら、気持ちを落ち着ける。
今日は、たとえタイミングが狂ったとしても。
彼女に伝える。
伝えたい。
そんなことを考えている間にかなりの時間が過ぎていたらしい。
目の前でひらひらと揺れる掌に、ぱっと顔を上げる。
そう言いながらリビングへ向かい、ローテーブルの前に座ってテレビをつける寝巻姿の彼女。
それを見て、僕はすっと立ち上がり、彼女の隣に座る。
僕の方を一瞬ちらりとみやってから、彼女がテレビのチャンネルを変えていく。
「ア――」
「シンジ、今日って何の映画やってたんだっけ?」
今までと同じように全く同じタイミングで言葉が出る。
違うのは最後まで言うか、そこで言葉が止まるか。
静かに呼びかけると、彼女はびくりと肩を震わせた。
一瞬の間を置いてくるりと振り返ると、そこにあるのはいつもと変わらない表情。
停まった後に、改めて聞き返されると、今までは何も言えなかった。
でも今日は。
さぁ。
言うんだ。
あまりの緊張に一瞬眩暈を覚える。
このまま後ろに倒れてしまえば楽かもしれない、という囁きを頭を振って眩暈と一緒に追い払う。
言い出す前から過呼吸気味の自分に気付いて益々緊張が高まる。
そしてまた呼吸が荒くなるというループ。
彼女が『ちょっと…大丈夫?』と少し眉を顰めながら心配してくれている。
ゴメン、こんな時まで…。
もう緊張なんてものじゃない。
心臓が凄まじい鼓動を続けている。
本当にこのまま死ぬかもしれないと思えるほどに。
緊張と言っても『彼女に告白した時』とか、そういうレベルは超えていた。
あれより緊張することなんて僕の人生にないとタカを括っていたけれど、甘かった。
一緒に暮らし始めて五年以上経ってようやく。
そして…言った。
意を決して。
ガチガチに緊張したまま。
彼女の正面に座って。
目を見据えて。
想いを込めて。
これ以上長い台詞だと噛んじゃうって解ってた。
だからシンプルに。
でも、想いはありったけを込めたつもりだった。
僕の言葉に驚いた表情を浮かべる彼女。
目をまん丸に見開いて。
そのまま零れ落ちちゃうんじゃないかと思えるくらいに。
でも…すぐに拗ねた顔になった。
それが彼女の返事。
それだけ。
それっきり。
おまけにそっぽ向いてテレビを見始める始末。
クッションを抱えて正面に座り込み、ボリュームを上げて齧りつくようにバラエティ番組に見入ってしまった。
「ち、ちょっと待って!」
『…よかったね』
『キライキライ、皆ダイっ嫌い!!』
我ながら不甲斐ないと思う。
目を閉じ、深呼吸してから彼女の傍まで這いより、後ろからそっと両肩を抱く。
途端に大きくなる嗚咽。
それはもはや尋常じゃない泣き方で。
僕は彼女が落ち着くまでずっと抱き続けた。
そして、やがて嗚咽が収まってきた頃、彼女が呟いた言葉。
こんな時、映画やドラマの主役なら格好いい事が言えるかもしれない。
でも僕には出来なかった。
僕は現実としてここにいる人間で、演出された役者じゃないから。
『は?』と『へ?』の中間みたいな間の抜けた声しか出なかった。
多分彼女に度々言われる中でもとびきりの『馬鹿面』だったんじゃないかと思う。
そんな僕に、彼女は言葉を続けた。
『あの日』。
『世界が終わってまた始まった日』。
彼女は母親とともに五体を引き裂かれた事。
全てが終わった後、命こそ無事だったけれど、子供を埋めなくなっていた事。
子供を産む事に、女の体である事に嫌悪を感じていた自分はそれを歓迎していた事。
そして、僕と付き合い始めてその考えが崩れた事。
初めて結ばれた日、喜びと同時に『どれだけ頑張っても子供を産む事が出来ない』という現実を改めて突きつけられた事。
その事実を知られるのが怖かった事。
知らせずにい続けるのが辛かった事。
僕が居ない時に泣いた事。
彼女の右腕を一直線に走る痣や少しくすんだ左眼と合わせて、お腹にも大きな疵痕があるのは知っていた。
『こんなの大したもんじゃないわ。胃潰瘍の手術痕って言ってもいい程度のもんよ。
まぁ名誉の負傷ってやつかしら? 一矢報いる事もなくされるがままだったアンタとは違うの。』
『胃潰瘍の手術痕が名誉の負傷と同列ってなんなんだよ。第一、大体アスカに悩みなんてなさそうだし』
その件に関しては後ろめたいものがありはしたけれど、彼女の売り言葉に、少し意地になって軽口を叩くように返した言葉。
最低だ。
彼女がその後烈火の如く怒ったのは、単純に怒りのせいだけじゃなかった。
僕がこの一週間、言おうとしていたのがなんだったのかは気付いていたらしい。
しかし、それが怖かったから毎回はぐらかしたのだと。
今のままの関係をずっと続けることができるのなら、と考えていた、と。
この一週間だけじゃない。
彼女は長い間心の中で苦しんでいた。
僕がプロポーズの言葉とタイミングに一人でおたついてたのなんて比較対象にすることすら恥ずかしい。
僕なら五年どころか五分だって耐えられそうにない。
でも彼女は僕と一緒に居る時、欠片たりともそんな様子を表に出さなかった。
笑って、拗ねて、怒って、普通に暮らしてるようにしか見えなかった。
いや、僕が気付かなかっただけなのだろうか。
気が付いたら何時の間にか彼女は俯いたままこちらを向き。
僕は彼女を抱く腕を離して正座して向き合っていた。
ずっと彼女の口から紡がれる言葉を聞いていただけ。
何の言葉も返していない。
やっぱり最低だった。
彼女が顔を上げ、泣き腫らした目でそんな僕を見据える。
泣き声だからだというだけではない震える唇で、しかしはっきりと最後の言葉が発せられる。
物凄く怖い目だった。
そして、とても悲しい目だった。
あの争いの中、ギクシャクしていた時期に何度か向けられた目。
ああ、そうだったんだ、あの頃も彼女は。
そんな事が脳裏を掠めながらも、僕は何も言えなかった。
こんな時に声が出ない。
情けなさ過ぎる自分の喉。
だから、力いっぱい首を振った。
プロポーズの言葉を言った時以上に想いを込めて。
はたから見ていれば縦にコクコクと激しく頭を振っている間抜けなものだったかもしれないけれど。
こんな情けなくて卑怯で意気地なしな僕にはこんな返事の仕方しか出来なかった。
でも、彼女はそんな僕に抱きついてくれた。
腕の中でさっき以上の大声で泣く彼女を抱き締め、もう一度、勇気だとか根性だとかってものを奮い立たせる。
腕の中でさっきの僕みたいに何度も頷く彼女。
頑張ろう。
何を、なのかは自分でも解らないけれど。
今日からも一緒だから。
ずっと一緒だから。
君を泣かせるのは今日で最後にするって誓うから。
一人で背負わなくていいから。
僕も、背負うから。
だから。
「――僕と、結婚してください」
fin.